九.






「――! !! ……!!」



語気の荒いそれでいてどこか上品ぶった金きり声。
こちらは寝ているというのに、煩いことこの上ない。
果たしてそれは、寝ている人間を起こしてまで言う事なのだろうか――と言っても、自分は大抵寝ているのだが。




繰り返される言葉。
繰り返される、日常。





「――かく! 銀閣!」





ああ、意味が捉えられるようになってしまった。
どうやら目は覚めたようだ。


目の前で、醜い姿を晒しながら、九十九髪の家人は言う。
果たしてそれと己がどのような関係であったのか、しばらく考えたが結局思い出せなかった。
親戚の類か、昔からいる使用人か何かだろう――その程度なら、覚える必要も思い出す必要も無い。







曰く、宇練家がどうだ己の自覚がどうだ情けないだのどうしようもないだのどうにかしろだろ。
自分にどうしようもないからと言って己にどうにかさせようとするのは止めてもらいたかった。


それは、矛盾だ。





「……で、あんたは俺にどうしてもらいてーんだ」





九十九髪は一拍つまった後、結局質問には答えずに己が常に腰に差している刀を指差した。




そんなに恥を晒したいならばそれを置け、出来ぬのならお前は既に宇練の者だとか云々。


要するに己はとっくの昔にこの刀――斬刀と言ったか――に囚われており、それは同時に宇練の家に結局の所縋っているということなのだそうだ。
そして縋っている以上勝手なことなどするなと、そういう主張であるらしい。





しかし、頼っているからこちらも頼られねばならぬとか、利用したからには利用されねばならぬとか、そういうのからして可笑しいと思う。
それは世間の常識だ――或いは倫理であり、道徳だ。侍の場合は武士道とでもいうのか。



だが残念なことにそんなもの、宇練銀閣は持ち合わせていない。
常識も倫理も道徳もましてや武士道も――全てひっくるめ、守る物など、何もなかった。



借りたのではなく、強奪した積もりであるし。
恩を受けたのでなく、仇を押し付けただけだ。






恐らくそれは、九十九髪の中の常識とはずれているのだろう。
まあ確かにそれが面倒ならば腰に差したこの刀を下ろせばいいだけなのである――それは事実なのだ。




何も進展していないくせに我が意を得たりとばかりに九十九髪はわめいた。





「……わかったからわめくんじゃねーよ」






言って黙るとは思わないがとりあえず呟いて、座っている己の左側を見つめた。
煩わしいと思いながら今だ、斬刀は己の腰に据えられている。





成程――面倒くさいと思いながらも手放せぬ、それは確かに執着だ。


九十九髪はその執着をこそ、己の宇練家への甘えだと分析しているのだ。
そうかもしれぬ――が、何れ銀閣にはわからないことだしどうでもいいことだ。











――出るか。









ゆるりと立ち上がると、目の前の九十九髪は怯えたように少しだけ身を強張らせた。
混ざった白髪が、容姿と相まってとても醜いと思う。





何となく、今までただの一度も人を切った事の無い――極意だけは一応学んだ刀を見る。





試し切り。






浮かんだ言葉はどうしようもなく物騒で、だから何も言わずに家を出た。
行く先は決めておらず、しかし足の向かう先は決まっている。







それは場所ではなく、人の元なのだけれど。