八.




「うねり? うねりぎんかく?」
「平仮名で言うんじゃねーよ……宇宙の宇に、練習の錬。銀閣寺の銀閣」
「宇宙って何だよ。銀閣寺? 食えるもの?」
「………………」



そういえば名前すら知らなかったのだ。
思って尋ねると、よくわからない言葉で返された。
男はわかりきったことを教えるのは面倒臭いとばかりにこちらを馬鹿にした目で見てくる。
否、面倒くさそうなのは平静からだし、今のは割と長く喋った方だ。

しかし、わからない物はわからない。





男は暫く考えていたようだったが、結局、




「……眠い」




そう言って教えてくれなかった。





* * *









「宇練銀閣?」
「くかんぎりねう」
「漢字を使った方がよいと思うが」




だからなんで喋っているだけなのにわかるのだ。
そう聞くと、蟷螂は「発音が違う」と簡単に返した。
逆様なのによく発音までわかるものである。





「よだんかわが字は螂蟷で何、かういて」
「宇練家は有名だからな」
「? かのな名有?」
「有名らしい、と言うのが正しいのだが」




ああ、そういえば蟷螂には外にも友人がいるのだったか。
名前は失念したけれど――そもそも覚える気がなかったのだけど――確か、背の高い青年。
恐らく、彼から入った情報なのだろう。あるいは主人の鳳凰からかもしれない。






自分が計算すれども決してできない事を、彼は天然でやってしまうのだからすごかった。
否、計算などしているから――上手く出来ない事もあるのだろうが。





「そもそも、ここに刀を持ち込めるぐらいだからな――それぐらい信用されているし、恐れられても居る」
「にか確ああ」




普通刀など持ってきた時点で丁重に丁寧に念入りにお帰りいただくことになるだろう。
しかしまあ、例え刀を持っていても、この店で刃傷沙汰を起こす馬鹿は少ないだろうが。



詳しくはしらないが、そう言う店らしいのだ、ここは。



問題も起こらない代わり、問題を起こせばすぐに消されるような――風の噂だけれど。








蟷螂は暫く考えていたようだが、思い出したのだろう、教えてくれた。
その辺矢張りあの男とは違う――当たり前か。






「何代目かは知らぬが、宇練家の次代の当主が、恐らく宇練銀閣だった筈だ」
「か事ーつっい偉りまつてっれそ……んうふ?」
「偉いのかは分からぬが……強いのだ、そうだ」
「えへ」





筋肉なんかは全然ついていないように見えたけれど。
今まで客にとった武士達は、大抵胸板も厚く筋肉もついてがっしりとしていたから、線の細いあの男は、精々家督を継がない次男以下の俄か侍だろうと踏んでいたのだ。





――秤間違えたか。






「宇練、銀閣か」





蟷螂が書いてくれた、漢字を見つめながら思う。
そんなに地位のある奴だとは、計算違いだ。







「かんゃじい遠」






ぐしゃりと紙を握りつぶすと、宇練の字が歪む。






何だかあてが外れたかもしれない、そんな事を思った。