四.



夢を見た。
甘美な記憶の奥に辛辣な何かのある、そんな夢だった。



白い手――以前は肌理の細やかで滑らかだった肌は、既にぼろぼろで。
しかしそれは、生きるためには仕方がない――彼女は執拗に、自分の身体を売ることを拒んだのだから。
それでもさんざ勧誘されていたという事は、美しい人だったのだろう。
だけれどその白い手の持ち主は――思い出せなかった。






「×××××××××」
「××××」






自分の言葉すら、零れ落ちていく。
自分は――あの人を知っている。

だけど、矢張り――










* * *












「っ……」






飛び起きるように目を覚ます。
嫌な汗が全身くまなく覆っていた――気色悪い。




此処は何処だ――自分は誰だ。




否。




自分は、何だ。






混乱する。腹の中が渦巻くように混沌と。誰か。誰か――








――さん。






ぱん、と何かが弾ける音がして。
床についていた腕の力が抜け。
そのまま重力に従い、自分の重さだけ床に叩きつけられる。






「ぐ……っぅ」








慌てて体勢を立て直そうとするが力が入らない。
呻く声が意思とは裏腹に零れ出て、体勢を立て直すのは諦め口を塞ぐ。
それでも、身体の何処かが痙攣しているような耳障りな音は止まらず、指を口に入れて思い切り噛み締めた。
痛みに思わず目を瞑る――そこでようやく、考える余裕が生まれる。




どれぐらい寝ていたのか。
今あの男は何処だろう。
動く気配も無いのだ、どうせまだ寝ているのだろうとは思う。



妙な時間に寝るものだから、変な夢を見てしまった――嗚呼。







「……人が寝てる横で何もがいてんだお前」







うるさい。
しかし声を出せば泣き出してしまいそうな気がして、一層歯に込める力を強くする。







「はあ」








どういうつもりかまるで読めない溜息が聞こえ、男が立ち上がる音がした。


襖の開く音がして、そのまま足音は遠くに行ってしまった。







あーあ。


失敗してしまったな、とそれだけ思う。
仕事だというのに。





虚脱に飲まれて時を数える事もできず、幾許か立った空間に、がらりと再び襖が開く音が響く。

僅かに瞳を開けると、人影が目の前をちらつき、先程男が座った位置に腰掛けた。




「時間が延びたから、幾らでもへこんでろ」





その声でそれがあの男だと気付き、歪む視界でようやく、











「っつ……ぅ」











自分が泣いていることを知った。