三. 「……よだんなんな」 たぶんそれが、自分が客の不満を人に言った最初だったと思う。 いつも大抵喋る側の蝙蝠は、何故か口数少なく聞き役に徹していた。 こちらに気を使っているのかもしれないという思いが過ぎるが、それを気にする余裕はない。 「ついあえねんかわけわ、うもーあ」 「しっかし白鷺って意外と真面目?」 「?あ」 「だってそんなの、俺だったら楽な相手だって喜ぶぜ?」 「なしだ事仕、あま」 仕事だから。 それは余りにも無理矢理な言い訳だった。 それでも。 『報われなくても――やるしかないでしょ、仕事何だから』 頭の中にというより、記憶の奥で、響く声があった。 今更驚きもしない、幼少の頃から自分と共ある――声。 いや、顔も名前も出てこない、しかしその良く通る綺麗な言葉だけが――耳に残っている、誰か。 あれは誰なのだろう。 大切な――人だったのだろうか。 しかし残念ながらというべきなのか――思い出せは、しない。 ただ、酷く幸せになった。 「きゃはきゃは、先は長いよなー」 「な、い長」 声を掛けられて思考を中断する。 記憶の底の誰かに、別れを告げた。
「かうろやててっ持、れそ」 「逆様で喋るな鬱陶しい」 「に別んゃじいい」 「……で、何だ?」 最早諦めたといわんばかりに、男は手を振った。 まるで虫でも払うような邪険な動作。 少しだけむかついた。 「よからだうそ難寝」 「あ? ああ、これか」 身体を預けるようにしていた、刀にふと視線をやる男。 「これは、これでいいんだよ」 「んうふ? か奴てっ魂の士武?」 「魂ねえ」 考え込むように瞳を閉じられる。 しばらく間が合って、がくりと首が落ちた。 「……よかのん寝」 つっこみは小さめで。 とりあえず居ればいいだけなのだから、楽をしておこう。 前回は呆然と、正面に座ったまま過ごしてしまったけれど。 もう慣れた。 順応性の高さには、定評がある。 「いさなみすやお」 拝むように両手を合わせて礼をすると、自らもその場に崩れ落ちるように眠った。 |