三.




「……よだんなんな」



たぶんそれが、自分が客の不満を人に言った最初だったと思う。
いつも大抵喋る側の蝙蝠は、何故か口数少なく聞き役に徹していた。
こちらに気を使っているのかもしれないという思いが過ぎるが、それを気にする余裕はない。



「ついあえねんかわけわ、うもーあ」
「しっかし白鷺って意外と真面目?」
「?あ」
「だってそんなの、俺だったら楽な相手だって喜ぶぜ?」
「なしだ事仕、あま」





仕事だから。
それは余りにも無理矢理な言い訳だった。

それでも。






『報われなくても――やるしかないでしょ、仕事何だから』





頭の中にというより、記憶の奥で、響く声があった。
今更驚きもしない、幼少の頃から自分と共ある――声。
いや、顔も名前も出てこない、しかしその良く通る綺麗な言葉だけが――耳に残っている、誰か。



あれは誰なのだろう。
大切な――人だったのだろうか。



しかし残念ながらというべきなのか――思い出せは、しない。
ただ、酷く幸せになった。






「きゃはきゃは、先は長いよなー」
「な、い長」





声を掛けられて思考を中断する。
記憶の底の誰かに、別れを告げた。









* * *











「かうろやててっ持、れそ」
「逆様で喋るな鬱陶しい」
「に別んゃじいい」
「……で、何だ?」



最早諦めたといわんばかりに、男は手を振った。
まるで虫でも払うような邪険な動作。
少しだけむかついた。



「よからだうそ難寝」
「あ? ああ、これか」




身体を預けるようにしていた、刀にふと視線をやる男。






「これは、これでいいんだよ」
「んうふ? か奴てっ魂の士武?」
「魂ねえ」





考え込むように瞳を閉じられる。
しばらく間が合って、がくりと首が落ちた。






「……よかのん寝」





つっこみは小さめで。
とりあえず居ればいいだけなのだから、楽をしておこう。
前回は呆然と、正面に座ったまま過ごしてしまったけれど。



もう慣れた。
順応性の高さには、定評がある。







「いさなみすやお」









拝むように両手を合わせて礼をすると、自らもその場に崩れ落ちるように眠った。