二.



何で刀を差したまま寝ているんだろう。
とりあえず、それが不思議だった。



何で店に来てわざわざ寝ているんだろう。
恐らく、それが一番不思議だった。







「おーい」
「………………」
「いーお。なんて寝壁完……」
「………………」
「かのなきべすこ起」






待っている間に寝てしまったという可能性もないではないが、普通初対面の相手を待つのに寝たりすまい。
しかし百歩譲って待っている間に寝てしまったのだとしたら、起こさなければならないのだった。
時間まで寝かせておいて後で文句を言われてはたまらない。





だから白鷺は、その男の肩を揺らした。






「おい。おーい」
「………………」






そこで男は――ようやく、鬱陶しそうに瞳を開く。
どうやら本気で眠たいようだ――最低限というのが見え見えの口調で、彼は呟いた。





「眠い」







それは、正にそのまんまな言葉だった。








「は……いや、眠いって、あんた」







何しに来た。
本気でそう思ったら顔に出たのか、面倒くさそうに欠伸をして、面倒くさそうに言葉を紡がれる。








「寝に来たんだよ……ぐだぐだぐだぐだ、うるさい連中が多いもんでね」








そこまで言ってまた舟をこぐと、目を瞑り、続けた。


「だから――ほっといてくれ」







そのままの体勢で、座ったまま。
刀を抱くようにしながら、男は眠った。






「……やい」






刀が武士の魂だとか言う話は聞いたことがある。
何処が魂なのか白鷺には心底不思議でならなかったのだが、まあ本人達がそういうのだからそうなのだろう。
今までの客の中にも侍はいたし、彼らは一様に誇りを懐に忍ばせているようにも思えた。
褒めると喜ぶので褒めてはいたけど、実際何も思ってない。いや、本当言うと馬鹿じゃないのかとかは思ってたけど、計算だ、計算。





いや、しかし。





「かのいいてっる寝にてたいつ魂」






そして自分はどうすればいいのか。
こんな相手は初めてで、よく勝手がわからない。
そんな風にぶつぶつと、地の逆さ喋りで呟いていたら、頭に鈍い感触があった。


否――感触などという表現では生温い。それは、衝撃だ。






「ぇてっい!」
「うるせえ……ぴーちくぱーちく、お前は鳥かなんかか」






よりにもよってこいつ、魂で人を殴りやがった。
文句を言う前に、名乗る。





「よだ鷺白」
「あ?」
「あ」






怪訝な表情をされて漸く、客の前で決して使わない逆さ喋りが出ていたことに気がつく。







「何だそれ……逆様なのか」






そしてすぐそう言った男を――驚いたように見つめて。
やっぱり彼は、眠そうに溜息をついていた。