一.





「……っ……ぁあっ」

わざと声は隠さない。その方が相手が喜ぶのは、経験的に知っている。
実際自分に馬乗りになっている男は嬉しそうに笑うと、気持ちがいいのかと自分に問う。





気持ちいいわけあるか、馬鹿。





心の中でそう毒づきつつ、答えの代わりに微笑めば、更に嬉しそうな顔をした。






これは仕事。
そう言い聞かせるのは、祈りにも似た一滴の救いだった。










* * *















店で働く者の中で――それなりに悲惨で陰惨な人生を歩んできた者達の中で、一番この状況を受けて入れているのは、間違いなく蟷螂だろうけれど。
これを仕事だと一番割り切っているのは、たぶん白鷺だった。



どう反応し、どう対応し、どう返答し、どう解答するか。
身のこなし、所作、態度、言動。
全ては計算。


計算していることすらわからないほど計算しつくされた、緻密な計算の結果だった。




自分は、この仕事がとても嫌いだ。
白鷺は、きちんと自覚している。






それでも。




世の中には嫌な仕事をしている人間は幾らでもいるのだから――まあ、仕方はないのだろうと。
割り切るというよりは、諦め。少々若いながらも、色々修羅場をくぐってきた白鷺は、既に諦観を覚えていたのだ。
そもそも、客がとれるだけまだマシなのだと、楽観的に物事を見ている程度。
鳳凰の時分になってからは随分とよくなったものの――前の店主の時は、客の取れない仲間は飯もろくに食わせてもらえなかったし。
蟷螂などはよく、そういった連中に自分の食事を与えていたようだけれど。








仕事は、仕事。







だからその日、男と出会ったのは運命などではない。
男は無理矢理連れ出されただけだったし、白鷺は仕事をしようとしただけだった。
いうなれば、ただの偶然。




しかし、人生は得てして、偶然によって変化するもので。
白鷺はそれを、確かに知っていた――だが。

知っていただけでは、理解は出来ない。





だから何も知らないまま、彼はその部屋に入った。
川獺に呼ばれるままに――客の待っているはずの、その部屋に。







初めての客だ――どのような性格で、どのような性質なのかを見極めるのが先決。
そう思って、部屋に足を踏み入れた矢先。






「………………」








白鷺は沈黙して。











「…………ぁは?」








思わず地が出てしまった自分の口を押さえながら、目の前の男を再び見る。


正確には、眼下の男。





同業者かと思うほど線の細い――着流しをきた男だった。
武士なのだろうか、腰には刀を刺している。

いや、それにしてもおかしい。
この状況で刀を刺していることもおかしいが……何より。







「……何で寝てんだよ」







彼は眠っていた。