【真庭野烏】 線香の匂いがしている。 視界は、白と黒に別れていた。 空すらも――白い。 葬式にはしめやかな空気が蔓延している、と野烏は思った。 ――まさか、里以外の葬式もやることになるとはね。 だが気楽でもあった。 不謹慎なのかもしれないが、所詮は他人事である。 里で執り行われる葬式は――決して、絶対に、他人事ではないのだから。 だから気楽。 だけれど――矢張り、葬式の空気は湿っている。 袈裟を着込み、読経しながら、辺りの様子を伺ってみた。 誰も――泣かない。 それよりも、この死によって自分たちが受ける影響の方を、しきりに心配している。 ――真庭とは違うか。 当たり前なのだけれど。 ならば葬式など開かなければいいと思ったが、要するにこれは情報交換の場なのだ。 或いは――作戦会議の。 「――死んだのかな」 「ご覧のとおりです。見て確かめてみますか」 「もう確認した――感謝しておるよ」 一度顔を合わせた事のある依頼主は、もみ手をしながらこっそり、耳打ちをしてきた。 楽しそうだ――楽しいのだろうが。 「報酬さえいただければどうとでも」 「中々優秀じゃあないか。葬式までしてくれるとは思わない」 「一般に任せて、少しでも奇妙を感づかれてはならないと思いまして」 「成程成程――さすがは玄人だ」 そう言うと急に神妙な顔をして頭を下げていった。 皮を被るのが上手い男である。 少し視線をずらすと、一人の少女が俯いて立っている。 一人だけ着ているものの質が違うので、よくわかった。 彼女が――件のお姫様の、唯一の家族らしい。 家族というのも変な言い方だが、実際の肉親が全員あの調子では、家族といいたくもなるだろう。 少女は泣いている。 いつもの通り部屋に様子を見に行った彼女が、お姫様が死んでいるのを発見したという筋書きなのだ。 演技かとも思ったが――本当に泣いているようだ。 これから主の身に起こる事を思っているのか。 それとも、これまで主の身に起こってきた事を思っているのか。 無為な事を思考しながらも、葬式は進行する。 流石に慣れているので、失敗することはない。 ――ここまで頑張ってもらって、俺が失敗したら笑い話にもならないからね。 昨日の粗筋は大体聞いた。 黒鳥の提案には少々迷ったものの――確かに特であることには間違いが無い。 報酬は単純に二倍だ。 標的は死なない。 依頼主は喜ぶ。 だけどどうにもその都合のよさが――怪しい。 結局、自分だけで判断していいものなのかわからなくて、頭領に指示を仰ぎ―― ――結果として、こうして偽の葬式を執り行っている。 棺で眠る姫君は知らないだろう。 自分が幾ら葛藤して苦悶して結論を出そうと、こちらの意向次第でどうとでもされてしまう事を。 昨日の段階では――この作戦の是非すらわかっていなかった事を。 ――まあ、関係ないけどね。 ようやく火葬の段階まで来た。 この辺りで、ちらほらと人は帰り始める。 それでも残る人間は居て――依頼主もその中の一人だ――全員帰ってくれたほうが楽だったのに、と思った。 棺を火葬する為に移動する。 準備があると言って死角に入り、急いで棺を開く。 体を折りたたむように入っていた姫君の体は、言われたとおり――腕が腐敗を始めていた。 「足は大丈夫だったみたいですねぇ。やはり人間の体でやらないと分からない事もある」 控えていた黒鳥がそんな言葉を言う。 「椋鳥。お願いしますよ」 「あいよ」 言われて椋鳥が――大鉞を構えた。 いまだ幼さが残る彼の顔に、表情はない。 今更なのかもしれない、と思った。 忍軍には、幼少の頃から陰惨な経験をしている人間が、たくさんいる。 「いくで」 声をあげて鉞が振り下ろされ、血が噴出した。 |