【真庭黒鳥】




観察は、得意だ。
何より慣れている。


豪奢な着物に身を包んだ少女は――姫君の影武者は、それでも白を切ろうとしていた。




――必死ですねぇ。



「僕達が殺したいのは君じゃないですよぉ。確かに、見た目を変えて髪を切るのはいい手ですけど――僕には及びませんねぇ」




そして自分は向き直る。
懸巣と椋鳥の間に、拘束されている、少女に向き直る。



「初めましてぇ、主様。で、良いんですよねぇ?」
「っ何を言っている! 主はわたしだ――そのような下郎の」
「もういい」



豪奢な着物姿の少女を黙らせたその声は顔に似合わず皺がれている。
鎖で完全に拘束されているのにも関わらず、虚勢を張って。



「私が主様だ――初めまして、刺客ども」



「よおわからんけど……こっちが標的なんやね。なら殺してええの」
「黒鳥さん、何で笑ってる……?」
「歪曲の。そろそろ目論みを出した方がよいのではないですかな」





――何だ、冗談かと思ったら本気で思われてたんですねぇ。





「取引の時間ですよぉ――主様」



自分は勢いよく鉄扇を開いた。


「貴方のお命、幾らで買いますか?」






* * *








「金を出せば殺さずにいてもらえるのですかっ」





先刻までの演技は何処へやら、少女はいかにも平凡な反応を見せる。
それに舌打ちをしてみせる姫君――中々、いい構図かもしれない。




「僕達は、喉から手が出るほどお金が欲しいんですねぇ。ここで報酬がもらえるなら、一芝居売ってさしあげますよぉ」
「……先に内容を説明しろ。全てはそれからだ」



興味を示したらしい姫君は、先を促した。矢張り――生は欲しいか。



「ここにありますのは一つの薬」



鉄扇の裏から、持っていた薬を掲げて見る。





「何の薬なの? 黒鳥さん」
「変な薬やろどうせ……いつも部屋で爆発させながら作っとる」
「変って失礼ですねえ。医療班の皆サンにもご協力いただいたんですよぉこれを呑めば、仮死状態に陥れるという代物」




――もっとも、人間相手に試すのは初めてですけどねぇ。


それは言わない方がいいだろう。





「仮死――か」
「そうですよ主様。これを貴方が飲み、仮死状態のまま葬式を終わらせ、僕達は依頼主から成功報酬を貰い、貴方は生きられて、依頼主は貴方が死んで幸せだ。皆幸せになる素敵な案ですよぉ」
「仮死というのは、その後の体に障害が出るのではないのか」
「おお、聡明な姫君ですねぇ。出ますよ、障害」



障害と言うか、当然と言うか。




「死んで暫くで――四肢が腐り始めます」
「……腐っては、その後仮死から回復してもどうしようもない。取引は無効だな」
「おやおや、聡明かと思ったのにねぇ。懸巣」
「へ?」
「四肢が腐り始めたら――どうすればいいんですかねぇ?」




「……切り落とす、かな」
「よくできましたぁ」




「切っ」
「もっとも腐敗が何処まで進行するかわかりませんから、四肢全てを切る事になるかはわかりませんがねぇ」




ゆっくりと――観察する。
葛藤の表情を、苦悶の表情を――観察する。

口内を嘗めて、つばを飲み込んだ。




――甘ったるい、蜜の味がする。





「どうします? 取引しないのなら、僕達は――」
「ここで死ぬか、四肢を切除されてでも生き残るか――選べと」
「違いますよぉ」
「……?」
「貴方方はもう死んでるんですよぉ」





辺りを見回す。真庭鳥組――精鋭六名。






「だから、聞いているんですってぇ。ここで二人ともこのまま死んでいるか――」




ああ、楽しい。




「――姫君の四肢とお金を引き換えに、生き返るか」






選択を強いられるときの人間の表情の、麗しい事。






「夜鷹、喋鳥。今僕とても楽しんでいますから、邪魔しちゃ駄目ですよぉ」




天井から舌打ちが二つ聞こえた。



「っておったんかいっ」
「勝手な事をするでない黒鳥。殺せという任務だぞ――鳳凰様からの」
「だぁな。これで妙な事になったらどうすんだ?」
「臨機応変な対応が必要ですよぉ。それに、ねぇ母喰鳥さん」
「何ですかな」
「未来って、変わらないんでしょう?」
「変わりませんな」




ならば同じじゃないか。
同じならば――精々、楽しませて欲しい。



「そんな事言って黒鳥さん、人体実験したいだけなんじゃない?」
「懸巣は鋭い事を言いますねぇ。でも誰も不幸に何かなりやしないじゃありませんかぁ」
「……お前さんの言う博愛主義は、そういう意味ですかな」
「そうですよぉ。皆さんに平等に、愛を与えるのがこの僕、真庭黒鳥です」


もっとも、平等だからと言って――十分であるとは限らないか。




「どうしますかぁ、お二人サン」




仮死に至らせる薬が、生を得る為の手段だと――それは如何におかしいことなのだろうかと、ふと思った。

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