【真庭母喰鳥】 「うふふふ。何でそんなに面倒そうなんですかぁ、母喰鳥」 「面倒と言うわけではないのですがな。小生が行く必要があるのかと思っただけなのだが」 「あるに決まってるよぉ。僕だけだったら寂しいじゃないですかぁ。持つべきものは仲間ですよぉ」 「歪曲の、お前さんは名前の通り歪曲した性格の持ち主ですからな。何か企みでもあるのではないかなと」 「それは皆サンが勝手に先入観持っちゃってるだけですよぉ。僕はこう見えて博愛主義なんですからねぇ」 「博愛主義――それをいい意味で使ってるとは中々思えないのですがな。それに小生は余り主義を堂々と掲げるのはよくないと思うのだが。未来は変えれませんからな。下手な主義主張は後々自分を追い詰めますぞ」 「母喰鳥に言われたくないなぁ。僕は君ほど己の哲学を持っているしのびを知りませんよぉ」 「小生は追い詰められても構わないので。むしろ追い詰められてこうなったと言うべきですな」 「やはり面白いですねぇ、母喰鳥。とっても興味をそそるなぁ」 「それは光栄というよりも末恐ろしい話ですな」 「そうですかぁ? ただ探究心があるだけなんだけどぉ」 「この世で最も残酷な欲求は、知識欲だそうですぞ」 「まぁ……一理ありますねぇ」 雑談は終りである。 「それより――黒鳥。先にした約束を破って、先発が入って間もないのに後発の小生達が入るというのはどういうことですかな」 「敵を騙すにはまず味方からですよぉ。それに、僕は一度もその約束をした覚えないなぁ」 「物は言いようですな」 ――食えない、男ですな。 心底、この男の目は見たくは無いかもいれない、と思った。 現在、野烏を居残りさせておいて、黒鳥と母喰鳥の二人は屋敷に入っている。 そのつもりは少しもなかったというのに、結果的には嘘を吐いたことになるな、と思った。 嘘は吐かない主義だというのに。 やむかた――ないのか。 「黒鳥、どうにもお前さん目標の位置が分かっているような動きをしますな」 「いえ? 僕は見得をはって堂々と歩いてるだけ何でぇ。まあ、大抵こういう屋敷の重要どころは分かりやすいし、埃の積もり具合なんかを観察すれば、すぐ辿り付けそうですよぉ――ってああ、辿りつきましたねぇ」 言った先から、主のものらしい部屋にたどり着いたようだ。 手を掛け、戸が開く音がする。 「……ぬしらは、誰だ」 内側から――娘の声がした。 棘がある声だ。 当たり前だが――最初から、歓迎されようとは思っていない。 「刺客って奴ですよぉ。ふーん。貴方……」 「わたしを殺しに来たのか?」 若い瑞々しい声――どうやらこれが標的のようである。 「いいぞ――殺すならば殺せ」 「潔いふりしないでくださいよぉ……一応言っとくと、その匕首程度で僕達に向かってきても死ぬしかないですよぉ」 黒鳥の声がする。それからその声は「ああ母喰鳥、出番ですよ」と言った。 「出番? 小生にもそんなものがあるのですかな」 「勿論ですよぉ。ちょっとこのお嬢サン、見て――否、視てくれませんかぁ?」 「まあ別にいいのですがな」 目隠しをとると、少女の顔が見えた。 長く美しい黒髪に、意志の強そうな瞳。 覗き込むと一瞬身を引いたが、気丈に睨み返してきた。 そのまま、しばらく時間が経過する。 「あんまり見過ぎないで下さいねぇ」と、背後で無責任な声が聞こえた。 ――視える。 そして、納得した。 「……歪曲の、やはりお前さん食えない男ですな」 「その反応だと僕の推論は正解のようですねぇ」 「……?」 「お疲れ様、影武者サン」 「っ!」 豪奢な着物を着た姫君は――否、その替え玉は戦慄した。 戦慄して――沈黙の後、抗議の声をあげる。 それを優しく聞いているようで、全て聞き流して面白がっているのがわかった。 「観察だけで気付くとは、いやはや――さすがと言うしかないですな、歪曲の」 「筋肉のつき方がおかしいと思っただけですよぉ。明らかにこれ、幼少から人を殺す為に鍛えられたって感じじゃないですかぁ」 「小生、この通りいつもは視界がないのですからな。もっとも見えていたところで気付けたとは思えんが」 「見て気付かなくたって、視て気付けるからいいじゃないですかぁ。母喰鳥の忍法はとても興味深いですよぉ」 眼球抉りたいぐらいです、とにこやかに言う黒鳥。 「……それは誰かと個性が被るから、辞めておいた方が良いでしょうな」 「そうですねぇ」 雑談を続ける。 先刻から近づいてくる気配を、ただ待っているのだ。 気配――知っている物が二つ、知らない物が一つ。 今度は扉が開く音はしない――ただ、足音が聞こえ、役者が揃う。 「あれ。黒鳥さん、母喰鳥さん」 「ああ、早速殺すところやったん? 気にせず続きやり」 「いや、お前さん達尾を待っていた。それからそこの――お姫様とやらもですな」 |