【真庭椋鳥】




懸巣の声が聞こえた気がした。
気がしただけではあったし、そもそも懸巣はこういう事に慣れて居るらしいし、だから別に気にする必要などなかったのだろうけれど。




――正直、何すればええんかわからんし。



もう吃驚するぐらい敵が居ない。
大きな屋敷だというのに、ありえないぐらい敵がいない。


とりあえず片っ端から敵を殺していけば標的を逃がそうとするだろうから、その動きを狙って任務を遂行しようか、などと懸巣や母喰鳥から言われていたのに。


だから正直やる事がなくて、声が聞こえた気がしたのを切っ掛けに、懸巣と合流しようかと思ったのだ。
即断即決――懸巣の居場所を探して、広い屋敷を動く。
動いただけで埃の舞う部屋すらあり、一体どれほどの間使われていないというのか。



「と」


一旦静止し、耳を済ませる。
やはり声が――聞こえるようだ。
何だか必死そうにぺらぺらと喋っている気がする。




「だからさ、俺達の狙いは本当は、あんたの言う主様じゃないんだよ」





――懸巣はんやん。



捕まっているのだろうか――それともただ相対しているだけか。
いつもの彼の所業を考えると、捕まっていると思った方がいいのかもしれない。
そ、と様子を覗き見ると、予想通りというかなんと言うか、捕縛されている。
しかし拷問を加えられた様子も無いし、それどころか戦闘の形跡すらないのだが。



丁度彼と自分を遮るように小柄な人影。
間違いなく敵だろうと思う。



と、そこで懸巣と目があった。
懸巣は敵に向かって嘘やら真やらを混ぜた言葉を次から次に喋りながら、さり気なくこちらに手を振った。
振り替えそうかと思ったが、それは余りにも場違いすぎるだろう。




「?」




横に振られた手が、今度は上下に動く。
手招き――だろうか。






――ああやったら俺もそっち行こうかなあ、何や楽しそうやもんね……ってアホか!



この場で声を出すほど空気が読めないわけではなかったが、一応自主ツッコミ。
身振りで何故か伝わったらしく、懸巣の唇が動く。
読唇術は別に得意ではないのだが――それでもゆっくりと見てみた。







『助けて』だろうか。






そう判断して部屋に一歩踏み込むと、懸巣が大きく頷いた。
正解らしい――しかし、これだけ色々と身振り手振りをしていて、よく敵に気付かれないものである。
懸巣が巧妙なのか、敵が馬鹿なのか。




気配をさせないように、傍まで寄る。
それでも敵は気がつかない――小柄な体躯、その短い頭髪が、目前にあった。





「――あ、殺しちゃ駄目だよ、椋鳥さん」




敵がその言葉の意味を思考する前に――本来だったら思考する前に動かなければならないところだが――後ろから、羽交い絞めにする。
敵は慌てて反抗しているが、余りにも弱弱しかった。



「……なんや毒でも持ったんかい、懸巣はん」
「んーん。それその子の地だよ――そうだね、」




きっと訓練してないから、拷問ですぐ口を割るんじゃないかな――と、懸巣は甘ったるい笑顔で言う。




「口など割るものか。貴様らに話すことなど何もないわ」



腕の中で叫ぶように、敵が言う。




「こう言っとるけど?」
「いやあ。忍者の拷問嘗めちゃ駄目だよー。あれ本当、死にたくなるんだから」
「経験者の言葉が重すぎるんやけど……」
「椋鳥さんも経験してるっしょ?」
「……そやけど。ま、とりあえず縛るで」
「よろしく。縛ったら俺の方も解いてね」
「諒解」


巻いてあった鎖を解いて、拘束の代わりにしようとする。
敵が逃げようとしているのはわかるのだが、本当、弱かった。
これで護衛なのかと訝しげに思うが――





――裏を返せば、それだけ戦力の無い人間しか、手駒が無いっちゅうことなんかな。




こんなに大きな屋敷であるというのに。



暴れる相手を無理に押さえ込んで鎖で縛り、懸巣の方の拘束を解きに行く。
随分上手に拘束してあった――これだけは自分より上手いかもしれない。




「上手いんやね、拘束」
「それだけは練習していたのだ」
「『もっと最後まで練習して来い』――やないわ! 真似すんなアホ! うっかり時代を先取りしたわ!」
「椋鳥さん凄いねえ……あ、解けた。ありがとー」
「では次は私の拘束を解いてくれ」
「よっしゃ。任せとき――って何でやねん! 味方面すんな! そもそもそれ拘束したの俺や! ていうか敵なら頼むから喜劇面にまで出張ってこんといてや!」



「あ。誰かまた来たっぽいかも」
「ん? ああ――時間も経ったし。何や音もする」
「じゃあ一旦合流しよっか?」
「そやね」

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