【真庭夜鷹】




地面を打つ鈍い音に驚いたのかはしらないが、ばたばたと言う鳥の羽ばたきが聞こえる。
幸先がいいかもしれない、と思った。


「――忍法『夜渉』」


突然の襲撃にも、慌てることなどない。
夜襲は己の得意とする所であるし、不意討ちは戦法でこそあれ卑怯極まりない行為というわけではないだろう。

夜は闇に満ちている。

闇の中なら――己の独断場だ。



――問題は喋鳥の方か。



正直彼の生死などどうでもよかったが、哀しいことに、彼が死ねば鳳凰が悲しむかも知れない。
いや、本当に不本意ではあるのだが、恐らく悲しむだろう。

それは嫌だった。





敵の姿を瞳に捉える。

驚いた事に敵は一人――己ほどではないが、気配を消すのが中々上手い。
得物は鈍器――棍棒だろう。ぎょろぎょろと辺りを見回しており、一瞬こちらと目があった。
しかしそれを感じたのはこちら側だけだったようだ――当たり前である。
忍法『夜渉』は気配、姿形の全てを、闇に溶けさせる忍法なのだから。


こちらを向いた顔には深い皺が刻まれている。
先の一撃といい、それなりの兵であるのは間違いがなかった。どうやら先に片付けたほうが話が早そうだ。




――鳳凰様は、褒めてくださるだろうか。


少しどきどきした。




狙いを定める――狩りは一瞬。
当然音もなく地面を蹴り、敵に向かって一直線に走り出す。
捕獲して――引き出せる情報があれば引き出して、殺そう。
ともかく今は組み伏せるのが先だ――と飛び上がったところで。



「……ちっ」



敵が動いた。狙いは外れて、地面に着地する。
向こうの動きも中々早い――一発でしとめなくては面倒だ。



そこで、突然敵が動いた訳に思い至る。
喋鳥の気配を察したのだ。
自分ですら、男が向かうまでは気付かなかったというのに。


気配を隠すのが上手い物は、同時に気配を探る事にも長けている事が多いが――敵もその種類らしい。
近くにくれば対応できるだろうが、見えない状況での戦闘は不利で――かと言って一旦別の人間と戦闘をしだしては、自分がしとめるのも難しい。
敵味方関係なく、気配を察せられない忍法なのだから。

再び、舌打ちが零れる。



――あの役立たずの下等生物が……!




一旦術を解こうと思った矢先だった。
気配を戻して、敵の気を散らせようとした――時。





再びばたばたと、羽の音。それから――





「『そのまま引きつけておけ喋鳥! 貴様の命などどうでもいい事この上ないのだから、せめて私の役に立て!』」





左から――何故かあらぬ方向から、自分の声がした。
敵の動きが一旦止る――その隙を見逃さず、地を狩り押し倒すように組み伏せる。

鷹の狩りは一瞬だ。

隙は一瞬だけでいい。






「……『声帯写し』と『声帯模写』の合わせ技か。小賢しい」




鳥組は、野烏までとはいかなくても――それなりに鳥を呼べる者が多かったりする。
こっそりと野鳥を呼び寄せ、声を写したと見ていいだろう。


小賢しい。

それで自分が助かっていたりするところが、嫌だ。



――まあ、奴の忍法ということは殆ど私の物なのだし、利用したとでも思えばいいのか。



「そこは機転が利くっつーべきだろ」
「ふん。下手糞が――私様の声はもっと高貴だ」
「同じだっつの。自分の聞いてる自分の声と、人が聞いてる自分の声って違うんだぜ?」


闇の中から、喋鳥の人を小ばかにした表情が浮かび上がる。



地面に押し付けて動きを封じている敵は、それでもまだばたばたともがいていた。
見苦しかったので、声を掛けてみる。




「暴れても無駄だ――どちらにしろ貴様は死ぬ」
「それぐらいわかっている――己などどうでもいい! お前らは主様を狙っているのか」
「まあ、そうだぁな」
「己は大人しく死ぬから――主様だけ、は……っ」
「貴様、その主様とやらが好きか」




腕の下で男が身じろぎする。




「答えろ」
「……好きだ。だから、頼む……っ」
「ならばその貧弱な頭でも理解できるだろうよ」




首筋に手を掛ける。





「こちらも主の為に動いているのだ」
「譲れねえのは、どっちも同じだろ?」


一瞬敵が大人しくなった瞬間を見計らって――その首を、圧し折った。




――どうせこの種の人間は、主の情報を喋ったりすまい。




何故ならそれは、自分も同じだから、だ。

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