【真庭懸巣】




「……活気の無い、家」


活気が無いというか――人気が無いというか。
野烏や黒鳥の話であれば、もっと警護の人間がいると思ったのだが。
否――警護ではないにしろ、裕福な家の者ならば、お傍仕えぐらいいるだろう。



誰も居ないようにすら思える。
何も居ないようにすら思える。



敵の人数が多いと予想したからこその囮役だったが、ここまで誰も居ないと自分が殺してきてもいいかもしれない。





――喋鳥さんと夜鷹さんは怒るかな。





それでも任務を遂げれば、殺されるまでは行くまい。
仲間相手に殺されることまで想定する自分はどうかと思ったが、結構楽しかった。
だから被虐趣味などと言われるのだろうけど。



「にしても……誰もいない」



もしかして標的すらいないのではないだろうか。
ふと、不安になる。

かなり広い屋敷だったが、どの部屋にも人が暮らしているような跡が無い。
そもそも――人が踏み入っているのかすら怪しいものだ。




先刻、一部が盛り上がっている間、黒鳥が教えてくれた標的の特徴を、とりあえず反復する。


齢十八前後の娘――特徴は艶やかな黒髪。
気の強い視線と高い気位の――持ち主だそうだ。



そんな風な特徴じゃ、良家の姫君は大抵当てはまるだろうと思っていたけれど。
これだけ人の居ない中では――その程度の特徴で十分か。
そこまで考えて。




「――何者だ」




喉笛に手が掛かり、しわがれた声がする。
振り返る事は出来ない――そんな事をすれば直ちに、相手は自分の首を圧し折るだろう。
それが実にわかりやすい、殺気だった。



「……逃げろっ!」





自分はそう大声を上げる。
一応椋鳥が来ているのだが伝えるつもりはない――まあ、いうなれば後ろの相手に向けた言葉だ。
仲間が居ると思わせるための、フリである。
まあ実際居るのだけれど。




「……何人で来た」
「そんな事、言うと思ってる?」




喉笛に手を当てられたまま――と言うより捕まれたまま、移動させられる。
その隙に相手の顔を見ると、しわがれた声からは想像が出来ぬほど若い。幼いとすらいえるかもしれない。
ただ、刈り込んだ髪の奥にある眼光は――鋭い。




「あんたさ、俺なんかに構ってていいの? この間に、主、死んじゃうかもよ」
「貴様が先刻『逃げろ』と言っていた。それに、例え貴様の仲間が何人来ようと――主様は死なせん」
「大した余裕だね」
「自信だ」
「驕りじゃない?」




自分の仲間たちがしていた会話を思いだしながら言う。
相手は答えずに、ただ一発殴ることで返事に変えた。
存外力は弱い。
余り強者の部類ではないな、と思った。
まあそれは、見え見えの気配で近づいてきたところからも予想できたが。
それでもつかまっている、自分――だがそれで構わない。




何故ならこれが自分の予定通りなのだから。




「何人で来た――先の言い方からすると、主様を狙っているのだろう」
「さあどうだろう」
「この屋敷には、主様の命以外に宝はない」
「あそ。そう思うなら勝手だよ。だけど、何人で来たかなんて言わない」
「そうか。なら――」



拷問だろうか――ならば構わない。とっくに慣れているのだ、そんな事。
敵は喋りながらも、がっちりと自分の体を拘束している。



――腕は悪いのに、拘束だけは上手い。




もしかしたら拷問担当だったりするのだろうかと考えて、こっそりと笑んでみる。




「貴様には死んでもらう」



そして凍りついた。


殺すぞ、ではなく、殺してもいいのか、でもなく――死んでもらう。

え、脅し、ですよ、ね?





「さっさと貴様を始末して、主様の周りを固める。何人来ようが関係ない」
「ごめん、ちょっと俺の目をじっと見て。それから今の言葉もう一回言って」



そう言うと、相手はご丁寧に話に乗ってくれた。



「さっさと貴様を始末して、主様の周りを固める。何人来ようが関係ない」
「嘘お」




嘘じゃなかった。
いやしかし、情報は結構大事な要素だろう。敵を知り己を知れば百戦危うからず――だ。
ネギしょってやってきたカモを刺し殺した上海に放り込む行為だそれは。

そんな馬鹿が、仮にも警備を任される人間の中に、居るわけ――




「貴様には、死んでもらう」





どこの世界にも、馬鹿はいる。

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