【真庭流金】




見つかったのですね、と嬉しそうな依頼主の声。
見つかりやした、という自分の声。


絵が見つかったという連絡が入った。
どうにも、持ち運べない類らしいので、依頼主を連れてきてほしいという事である。


「持ち運べんって……どゆこと?」
「壁に直接描かれているのですわ」


海蛇の声で喋る鳥はそう言った。当然、忍法でである。


「へえ。それで見つからんかったん? 堂々とありすぎてわからんかったみたいな?」
「そういうわけではないのです。丁寧なことに、壁の上に分からないよう布を貼り付け、更に家具で隠していましたの」
「ふうん。そこまでして隠すもんっちゃ?」
「あれは――隠したくも、なりますわ」


最後の言葉が気にはなったが、とりあえず自分は依頼主を連れて、目当ての家に向かっている。
先ほどまでは雨が降っていたから気が重かったが、今は殆ど止んでいた。
世も更けているので見つかる心配は少なそうだったが、辺りに気を配る事は忘れない。


隣の依頼主は少しだけ興奮しているようで、聞いてもいない事を次から次へと語っている。
標的がいつもこれぐらい口が軽かったら楽なのだろうな、と思う。

彼の恋人が絵を描くのが好きだとか、画材は外国から態々取り寄せて描いているのだとか、言われても。
自分が指導している幼頭部の子ども達を思い出して、少しだけ切なくなった。



――あの子らが人を殺す方法を学ぶ間、絵を描いているような人種もおる。


羨ましいわけではないのだ。
ただ、男の恋人の手は――きっと、血に染まらず美しいのだと思っただけである。




「流金様」
「お。あんたが出迎えかえ、海蛇」


海蛇は近づいてくると、そっと唇を寄せてきた。男に聞こえないように、小声の会話をする。


「任務は、男を殺すことと、絵を見つけることでしたわね」
「そやよ」
「しのびはそれ以上をするべきでは、ないのですか」
「――ごめん、意味が分からねえべ」


彼は一体何を考えているのだ。
わからないが、とりあえず――模範の解答を返す。


「ただ、うちらの仕事は仕事をするだけやと思うわ」
「です――わね」



海蛇はそこで優雅に一礼する。
この言い方だと混乱してしまいそうだが――女の自分が美しいと思う、仕草だった。



「こちらですわ」

招かれるままに、家の前に入った。
男が履物を脱ごうと一瞬まごついたが、「どうせ主人は生きておりませんわ」とその言葉を聞いて嬉しそうに笑い、土足でずかずかとあがりこんだ。
それは、彼の憎んだ男を――恋人の父親を、踏みにじる快感だったに違いない。

「この部屋に――描かれていますわ」

戸は閉められている。
男は伺うようにこちらを見たので、大きく頷いた。


そして、扉は勢い良く開かれて――



瞳に入ってきたのは。


「――――」
「これは――」




まず色彩からして普段見ているような色と違う。
ああ、そういえば先ほど男が言っていたか――異国から取り寄せた画材を使っていると。
金持ちの道楽だと思ったし、別に国内のものでも構いはしないと思ったものだったが。


――確かに、凄いの。


色が鮮やかなのだ。鮮烈で――強烈だ。
伝わってくる感情が、違う。
そういえば、感情を伝えるものが絵なのだと――誰かに聞いたことがあった。







「ぅあああああああああ!」





崩れ落ちる様が見える。這うように絵の描かれた壁の一角に向かうと――縋るように絵に触れた。

主に使用されている色は――紫、蒼、黒と言ったところだろうか。所々、血の飛沫のように赤がある。
風景などではない――人物などでは決してない。
描き殴っている。絵かどうかも怪しかったが、確かにそれは絵なのだ。
何故なら感情を伝えてくる。

そして、依頼主の恋人が最期に残した絵から――







伝わってくる感情は、絶望だった。


「ど、して――」


理解不能を叫び続ける、男。


「知りたいのですか」



海蛇の声に男は海蛇を凝視し、求めるように手を伸ばした。
しかし声を上げない海蛇を睨み付けると、何事か叫んで懐から金を取り出し、投げつけた。
随分な大金だ、こんなもの持ち歩いているのか――と、自分は妙に冷静である。


「貴方の恋人は――感染る病にかかっていたと、それだけですの」
「あ――」


男は壁を見た。壁に描かれた絵を見た。彼女の最期の感情を見た。絶望を、見た。
狂ったかに見えた男は、正気を取り戻し虚ろな笑みを浮かべ、お金ならば全て渡しますからと呟く。
そして、新たな依頼を自分に告げた。

だから自分は近づいて――男の耳元で、囁いて見せる。


「――正常と異常の狭間に、別れを告げろや」



発狂の叫び声の前、男の唇は何かを形作ったようだった。

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