【真庭海豹】




――馬鹿だ。



率直な感想だった。奴は一体幾つだ。
……いや、幾つだろうと、人間は下らなくどうしようもない生物だが。



「こうなっては自力で探すしかありませんわね」
「ああ。部屋は一通り見て回ったぜ? 見つかってないけどな」
「それも大事ですけれど、逃げたあの男を追わなくてよいのでしょうか? …………後先考えずに名乗りおって馬鹿か貴様は。それでもしのびか」
「忘れてたぜ。余りに雑魚っぽいもんだから」
「…………直ぐにいいわけが思いつくとは大層賢い頭だな」



「それでしたら既に拘束済みにございまする」



戸の開く音がして、見れば残りの忍軍二人が、そこにいた。
いや――忍軍二人と、もう一人、である。
先の男だ。鎖で雁字搦めにされた上で、ひくひくと痙攣している。



「……よくやった水母」



隣の儒艮は右手の親指を立てて笑んでいる。
そのまま何故か左手で自分の頭を撫でた。



「儒艮さま、よろしかったらその手をどけてはいただけませんでしょうか…………馬鹿が映るだろうが……」
「? ……逆叉、貴方焦げてませんこと?」




――人間が焦げるも何もあるのか。


そう思いながらも逆叉に視線をやると、本当に焦げたような痕があった。
隣の水母は少しだけ不機嫌そうな顔をしている。
どうやら二人は濡れているようだし――雨が降ったのかもしれない――大方、水母の電気が漏電でもしたのだろうと辺りをつける。
どうでも良かった。



「……蔵を探して参りました。しかし、絵と呼ばれる類の物は、何も」
「なかったのですか」
「申し訳有りません」
「時に、ここで皆さまが集まっていらっしゃるという事は、標的はどうなったのでございまする?」
「説明は面倒なので省きますが、しくじりましたわ」
「…………儒艮が、だがな……」
「落ちたのはてめぇも同罪じゃねえのか!?」
「申し訳有りません、吾はまだ幼いので失敗をしてご迷惑をおかけしてばかりで…………なんでも共犯にしたてあげるな馬鹿が……」


「しかし、そうなると絵は何処にありますの? 大方探し終えてしまったようですし」
「少しぐれぇ何か言ってなかったのかよ?」
「言ってたのは言っていましたけれど――関係のない事柄ですから、いいです」
「一応話していただけたらとても嬉しいのですけれど…………無関係だとか関係だとか、手前勝手に決めるな……」




「標的がことのほかいい人だったとそれだけです」、と海蛇は言った。

鬱陶しげな口調だった。


「暇がありましたら、与太話として話して差し上げますわ。今は、絵の方です」



何処かに隠し部屋の類があるのだろうか。
面倒くさい事である。
苛々としてきた。

否、生まれたその時から――自分は色んな物を、厭うて来たけれど。

しかし、苛立ちがつのるともう駄目だ――人間どころか、視界に入る全てが憎くなる。
現在五人が座っているのは、天井に穴の開いた男の部屋ではなく、居間にでも当たる場所。
この屋敷の中で、最も広い部屋を選択しているのである。



――広いにしても、悪趣味な部屋。



ごてごてと物が多すぎる。とても壊したい。
特に目の前の壁など、大量に置かれた物の所為で、壁すら見えなくなっている。
不自然だ――まるで調和しない。気持ちが悪い。
壁の向こうを隠すかのようである。


――ん?


黙って立ち上がると、四人の視線が集まった。

気持ちが悪い。

ただなるべく気にしないように、壁際まで近寄る。
家具や装飾やらで見えなくなっている、壁。
とりあえず問答無用でごてごてとした装飾を外した。


「海豹様?」


声に耳を傾けずに、今度は家具をどかそうとする。
しかし重たい――中々動かなかった。


「………………」
「どかせばいいんだろ?」


急に動くようになったと思うと、やってきた儒艮が手を貸している。
何をしたいのかも聞かずに、それでも手伝ってくるその性格は、疎ましいものだ。
ただ、今の状況では助かった。そんな事、言うぐらいならば死を選ぶけれど。



家具が全てどけられた。
何の変哲もない、壁があるばかりである。



「水母様、刀をお使い下さい」



あの刀が一番適しているだろう。

折りたたんでいた刀の刃を伸ばし、水母はその切っ先を壁の淵に慎重に当てた。
こちらも何も言っていないのに、何をすべきか心得ているようなのだから――凄いと言えなくもない。
言わないが。


切り裂くように動かされる刃は、ゆっくりと壁に食い込んでいる。否、壁を模した何かに。
はらり、と壁を覆っていたらしい布が取れた。
何の変哲もない壁が――



「……ああ」


捲れた先には、一枚の壮大な絵画が存在していた。

【真庭逆叉】← →【真庭流金】