【真庭逆叉】




腹の表面に衝撃があった。
そのまま肉が刺し貫かれて、再び刀を抜こうとする力の動きが分かる。
だから迷わず、その刀を掴み、自らの腹に刺さったまま固定した。


相手の手に再び得物を移してはいけないだろう、が一つ。
得物が戻れば衝撃で、血が飛び散ってしまうかもしれない、が一つ。


痛みに対する恐怖も防衛本能も持ち合わせない、この忍法の利点は、思考停止に陥らないことにこそある。
要するに自分の価値などその程度で、だからせめてそれだけは全うしようと言う試みだった。


腹が痛い。しかし、怖いとは思わない。
だから安全を確認して、刀を抜き止血をしようとして、気がついた。


雨脚が少々強くなっている――血が止るのに時間が掛かるかもしれない。
幸い男の使った得物はさほどの長さもない、邪魔にはならないだろう。
まずは男を片付けて――それからだ。




水母は、男を説得しているようだった。
否、騙しているといったほうが正しいのか。
癖のついた髪の毛は、水を受けて少し張り付いている。

余り雨に打たせては身体に障るかもしれない。

彼もそれを理解しているのか、少しだけ苛立っているようだ。





仕方がないので、念のためにとった距離を再び縮める。
歩くたびに刀傷が痛いが、どうでもよかった。
それよりも問題は、水母の方だ。



「逆叉、止血をしてほしいのでございまする」



小声で呟かれる。
しかしそれには答えず、見かけ騙しの巨大な刀に巻かれている鎖を取る。
それを水母は止血の準備だととったらしく、安堵にも似た表情を見せた。

少しだけ、申し訳ない気分になる。
右手から左手へ、伝うように鎖を腕に巻きつけた。
降ってくる雨が、鎖の巻きついた腕を塗らす。
端をそれぞれの手で握っていると、訝しげな顔をされた。


「水母様」
「逆叉、止血をするのでございまする」
「水母様、手をお貸し下さいませ」
「手?」
「失礼致します」


彼の手を軽く握る――まだ鎖は当てない。
ぱちり、と小さく電気がはじいた。水母は帯電体質なのである。



「逆叉、アナタまさか」
「ご予想の通りかと」
「止めるでございまする」
「大丈夫にございます」
「大丈夫なわけないでございまする」
「大丈夫です――手前は真庭逆叉です。逆叉は、鯱という意味なのですから」



それから自分は、先刻の行動を繰り返した。
すなわち、蔵の中に踏み込むという動作。
しかし今度は自分に出せる最大の速度で踏み込み、中に居た人間が逃げる前にその腕を――腕か足かもわからないがとりあえず身体の一部を掴み、鎖を付着させて。



握っていた彼の手を、更に強く握った。


電撃が走る。
それは比喩表現などではない。



「っ逆叉!」



そこで水母の怒ったような声が聞こえて――意識が飛びそうになるのを堪える。
鎖が痛い――鎖に触れている腕が痛い。焼け付くようだ。実際焼けているのかもしれない――ああ、ならば危ないのか。


そう思い、右手を強く引いた。今度は抵抗がなく男が引きずり出された――痙攣している。
仕方ないのかもしれない、感電したのだから。



と、今度は自分の足が崩れ落ちた。自らを媒体にしての攻撃だった――損傷がそれなりなのだろう。
それとも、血が足りないのだろうか。


「水母様、蔵の中にお入り下さい」


立てないかもしれない。
流石に、微量とは言え濡れた姿で電気を浴びたのだから。


「手前は、こちらを拘束してから参ります」
「私がやりまする」
「お体に障ります」
「病人扱いされぐらいならば、初めから任務になど就きませぬ」



頭がぐらぐらとしている所為で顔は見えないが、その声は随分怒っているようだった。



「……申し訳ありません」


気を悪くさせてしまったか。
霞んでしまっている視界の向こうで、にっこりと微笑む水母。


「許さないのでございまする」



それでも良かった。少なくとも水母はこれ以上雨に濡れる事はなかったのだから、と思う。
それは言い訳――或いは、慰めだ。当然、自分自身への。


ふいに、右手に小さな電流が走った。そして立ち上がらせられる。



「これは、仕置きでございまする」


手を引かれるように、蔵の中へと。その間も地味にばちばちという痛みがあった。


「絵を探しまする――先刻、儒艮がどうとか言っておりましたようですし、手早くするのでございまする」
「はい」



小さな電流は、今だ流れ続けている。

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