【真庭儒艮】




始まりは――そう、結局始まりも自分だった。
下の部屋は大方探し終えてしまって、ならば天井裏が怪しいと提案したのだ。


「流石儒艮様。吾はそのような事思いつきも致しませんでした、早速探して見ませんと…………自分の大切な娘の最期の絵をそんな汚い所に置く父親がいるか馬鹿が……」



思うに、見た目の可愛さは口の悪さや性格の悪ささえも凌駕する。



「おしっ。行くぜ海豹」
「はい、参りましょう儒艮様。吾などでよろしければ何処まででもお供いたします…………一人でいけばいいのに」


というわけで、天井裏に上ったのだ。
普通二人で登ったりしたら狭そうな天井だったが、その辺りは海豹が小さかったので問題がない。

しかし自分が大きいので、狭さ的には変わらない。
身体が密着している。


「………………」
「………………」


身体が密着している。



「……幸せだ」
「勝手なお願いとは存じますが、宜しければもう少し向こうにつめていただけると嬉しいのですが…………何が幸せだ気持ち悪い。さっさと向こうに行けと言っているだろう。寧ろ逝け」
「うりうり。てめぇ可愛いんだよ畜生!」
「差出がましいようでありますが、今は任務中ですので、先に進んではいかがでしょうか? …………貴様と違って吾はこんな汚い所に居なれていないのだ。さっさと終えろ」
「とりあえず進むぜー」



匍匐前進に近い格好で、屈んで進む。
途中で面倒になったのか、海豹が背中に乗ってきた。その体躯からは考えられない程重たかった。一瞬沈む。
だから嫌がらせなのかもしれないが、可愛い物は可愛い。



「やべぇ。俺和んじまってる」
「…………本当にやばいな。頭が」


とりあえず身を屈める形で進んだところだった。
途中、もしかしたらこれ海豹一人で行った方が効率よかったんじゃないのかと遅ばせながら気付いたところだった。




「んあ?」
「あ?」



人影が見えた――とか言う前に、ばったり出会ったのである。
お風呂でばったり体験ぐらいどっきりだった。
誰にと言うと、誰かがわからないから聞かれても困るのだが、とりあえず男にである。



「てめぇ、誰だ」
「お前こそ」
「俺ぁ真庭儒艮だよ。てめぇは?」
「儒艮さま、お尋ねになるのも大変結構なのですが、その前に捕まえられた方がよいかと…………何悠長にしてるのだ、貴様には危機感というものがないのか……」
「大丈夫だっつーの。見ろこの顔。思いっきり雑魚風じゃねえか。きっと小説に出ても名前すら出してもらえねえぜ」


その言葉に怒ったというより海豹にびびったという感じで、男は後退し始めた。
どうやら他にも屋根裏への入口があったらしい。


「あってめぇ待ちやがれこの野郎っ」
「…………そんな事を言う暇があったら幾らでも策がとれるだろうが……」
「海豹、苦無だ。苦無投げろ!」


そこは言われたとおりに苦無を投げる海豹。
前々から思っていたのだが、何処に隠しているのだろう。


――まあ、可愛いからいいだろ。


自分で納得して前を見ると、何と苦無は外れている。



「おーい海豹ちゃん」
「…………貴様が邪魔で投げられん。そもそも傷によって出た血が目当ての絵にでも掛かったらどうする気だ……」
「あ、確かに。よくやった海豹!」
「……いいからあの雑魚をどうにかしろ。どんどん逃げるぞ……」
「苦無は駄目か……なら爆弾、も駄目だよな」




当たり前だ。
というわけで、屈んで歩くより匍匐前進の方が早いと、匍匐前進で男を追跡。




「待ちやがれぇえええ!」
「さすがですね、儒艮さま……大の大人が匍匐前進で突撃してきたらそれはどんだけ恐怖なんだろうな」



男は一瞬振り返ると、恐怖以外の何者ではない表情を見せ付けて、逃げる速度があがった。


――そんなに怖いかぁ!?


こちらも速度を上げて応戦。擦れて胸は軽く痛いし、背中で海豹の嘲笑が聞こえたが気にする暇はない。
後ちょっとで男が掴める位置まで追い上げ、勢いで手で掴みかかった。


勿論掴みかかる間、自分は停止しているわけで、男は進み続けているわけで。
手は届かずに拳は空振り、近くの床に激突した。
蛇足だが、真庭儒艮は拳法が結構得意である。
そしてここは天井裏で、つまり床は天井と同義だ。


破壊された床から、階下に落下。





「――そして今に至るっつーわけ」
「私もうどうすればいいのかわかりませんわ……」
「謝ってるだろ」
「折角救命措置をしたのにそんな馬鹿みたいなオチで死ぬなんて予想外ですわ」
「昔から、人を生かすことは、人を殺すことよりも何百倍も難しいと言いますしね…………今回の原因は確実に貴様の馬鹿だがな」
「だから、悪かったとは思ってるぜ」
「思ってるならどうにかしてくださいな」

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