【真庭水母】




「何処から探しまするか?」
「蔵辺りが常套ではありませんでしょうか」
「ああ、確かに――ありがちな気もしますけれど、今回は初めからありがちですので構わないのでございまする」
「そういうものですか」


狙いの場所を探す――それはすぐに見つかった。
小振りな、蔵だった。



「――あれだと思いまする」
「そのようですね」



そのまま二人並んで歩き始めた。
海蛇がどうせ情報を聞き出してくれるだろうという期待があり、気楽なものである。

しかしどうして逆叉と居ると、こうもやりにくいのか――と少しだけ思考してみた。
どっちもつっこまないからだと気が付いたのは直ぐ後である。


「あ、雨にございまする」


頬に感触を感じて見上げれば、僅かに雨が降り始めていた。
気になる程でもない。そもそも、雨など気にしないが。


そこで逆叉は、こちらの方を向いた。


「水母様――」
「はい」
「お体に障る事がありましたら、何時でも仰ってください」
「ああ、」



大丈夫でございまする、と答えた。

自分の体の所為で――随分仲間に迷惑をかけてきている。
限界まで無理をすることよりも、限界を知ってその時点で引くほうが、仲間の為なのだ。
だから自分の体のことは知り尽くしている。
今は規則正しく打っている、この心の臓が狂う瞬間すら予想できた。



雨に湿らせられながら、蔵の前まで来る。
扉には大仰な鍵が備え付けられており、しかしその役目を少しも果たしていなかった。

外れていたのだ、その錠前は。


「誰かが欠け忘れたのでございまするか……?」
「そうかも知れませぬ。蔵に今、用があるなら戸まで閉めているのは不自然ですし」



そう言って逆叉は戸に手を掛けた。
何気ない動作だった。無用心ともいえるかもしれない。

割合軽い音がして、戸が開く。
逆叉は断りもなく――まあ当然だけれど――蔵の中に足を踏み入れた。


「っ!」


一般人が居たら、飛ばされたように見えたのかもしれない。
何がと言えば――逆叉の身体が、である。


しかし一般人ではない水母の目には当然、何が起こったかはっきりとわかっていた。
もっとも一般人ですら、今になれば状況を認識できるとは思うが。


「逆叉」
「問題ありませぬ」
「嘘でございまする」


嘘ではございませぬ、と逆叉は顔を歪めもせず言った。

横腹には短刀が刺さったままだった。
抜いていないので血が吹き出る事はなく、ただじくじくと染み出ている。
蔵の中に人が居て、刺し貫かれたのだ。明確である。


しかし、中に居るはずの敵は次の行動を見せない。
覗き込めば逆叉の二の舞の可能性もある――それに、蔵の中で戦闘に及ぶ事は出来なかった。
何故なら、そこには目当ての絵があるかもしれないのだから。



「アナタ……もしや、泥棒なのでございまするか?」



物理的に攻撃が出来ぬのなら言葉を使うしかない。
そう思って語りかけると、中で物音がした。


「ならばご同業でございまする。私達は屋敷の人間ではないので、何も致しませぬよ。安心してはいただけませぬか」




嘘である。
出てきたら拘束して、情報を引き出して、その後に殺すつもりだ。

嘘を吐く事に――躊躇はない。
何故ならそれが自分達だから。



蔵の中からの声は、嘘を吐けと叫んだ。余り叫ばないで欲しいと思った。


雨が冷たい――少々、苛立ちが募る。
この会話の間に、仲間に何かあったらどうしくれる。


「嘘ではないのでございまする。いえ、ご同業ならば少々良い話があるのでございまするよ」



これも嘘だった。
喰いついてくれるか――と解答を待ってみる。



「……お前らどうせあいつらの仲間だろうが!」
「あいつら?」
「ジュオンだかジュモンだか何とか言う!」



呪怨? 


いや、それは時代が違う。




「儒艮……?」


何だか壮絶に嫌な予感がしていた。

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