【真庭海蛇】




「――忍法『人格鏡』」


小さく呟いて、海蛇は男と向かい合った。
今回の任務の標的の男と――向かい合った。


男は愛しげに海蛇の髪の毛をすいており、それがどうにも気持ちが悪い。
こんな格好をしている故か誤解されやすいが、海蛇は列記とした男で、恋愛の嗜好も普通の男を変わらないのである。


――しかし、と海蛇は思う。

例え自分に男色趣味があったところで、果たしてこの男に惚れるかどうか。
心中で嫌味に呟いてみた。

そうでもしないといたたまれない程、男の手つきは優しい。
まるで娘にでも対しているようだ、と思った。



海蛇と言ったか、と呼ばれる。
男に向かって返事をする。
さあ、どうやって絵まで話を持っていこうか。
思案している時だった。



私には娘がいた、と男は語り始める。



――なんと、時期のいい。
幸運に、疑いすら覚えた。


「似ている」
「似ているのですか――私が」



ああ、何だ。
この性格は――忍法で写されたこの性格は、彼の娘の物か。
……少しばかり、吐き気がする。



娘の婚約破棄の原因がこの辺りにあったら嫌だなと思いながら、男に更に体を寄せた。
首筋をなぞる――今は鉤爪をつけていないが、掻き切るように、なぞる。



既に酒を呑ませてある。少しは口のすべりもよくなっているだろう。
というか意識も大分虚ろかもしれない――目の焦点が危うい。



「私の絵は何処なの、父さま」



ならば付け入って構わないのだろう。


私はそんな事までお前に話したか、と男はおかしそうに笑った。
悲しそうに――笑った。



そして、刹那。



「……っ」
「!?」




男が胸を掻き毟る。
見開かれた目は、死を暗示――否、明示しているように見えた。
自分はまだ何もしていないというのに。



――不味い。



持病か何かがあったのだろうか。
この年だ、何か病を持っていてもおかしくはない。



冷静に男の体を建て直し、救命処置を施す。
専門ではなかったがやり方ぐらいは知っている、男は何とか意識を戻そうと強いているように見えた。



――今死なれては、困るのだ。

何れ殺すつもりだというのに、それは如何に身勝手な言葉である事か。




「――  、」
「喋らないで」



妙な台詞だ。喋らせようとしているくせに、喋らないで、とは。
しかも男はその言葉に従おうとせず、ぐい、と肩を引き寄せた。




「なんです「   、 ――   。……………   」 




男は語る。
騙り事のような事実を、語る。




――違う。




そんな言葉は、聞きたくない。いらないのだ。
誰にも感謝されず、誰にも愛されずに――逝くつもりか。
死ぬ前なら、もっと人の役に立って死ね。
そうすれば私からぐらい――感謝ぐらい、されたかもしれないのに。





「絵は何処です」





教えるわけにはいかない、と切れ切れの言葉で男は言った。
大分復活してきてるようだ――これなら生きるかもしれない。

ならば仕方がない、拷問に切り替えるか。
そう思った矢先だった。



ばきっとふざけた音がして。

まず、視界に木片が落ちてきて。

反射的にそれを払うと、人が二人振ってきた。

しかも知り合いである。

二人は見事に男の真上に着地して――



「ふぐっ」


そんな声を出して、男が絶命した。




「………………」
「………………」
「………………」
「台っ無しだよ馬鹿野郎」




久しぶりに男言葉が、照れたように笑っている儒艮と、不機嫌そうな海豹に向かって、実に自然について出た。

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