【真庭魚組】 「任務なんよ」 口火を切ったのは、真庭魚組副頭領、真庭流金だった。 目の前には、魚組の五人――真庭海蛇、真庭水母、真庭儒艮、真庭海豹、真庭逆叉がいる。 現在、頭領達は大掛かりな任務の為出払っており、実質的な権限は副頭領にまで降りてきていた。 つまり、幼稚な物言いをすれば、この中で真庭流金が一番『偉い』のだけれど。 「水母さん、貴方お体はよろしいんですの?」 「ええ、大丈夫にございまする。今日は中々調子がようございまするから」 「吾などが心配することすら失礼にあたるのやも知れませぬが、余り無理はならさないでくださいませね? ……任務中倒れられて迷惑こうむるのはこっちなのだからな」 「てめぇ可愛くねえこと呟くんじゃねえよ海豹ちゃん! あーもう可愛いな!」 「お言葉は大変嬉しいのですが儒艮様、吾は可愛くなどありません……言ってること矛盾してるだろうが鳥頭が」 「………………」 誰も話を聞いていない。 「話進めるばい?」 そして副頭領も気にしていない。 ぐだぐだである。 「ちょお待ちー」と言いながら、流金は辺りを捜索する。 何かを探しているらしいのだが、見つからない。 大して物が散乱しているわけでもないのだが、見つからない。 「流金、何探してんやがんだ。俺に言ってみろや」 「ん? 依頼書ずら」 「手に持っているそれはちげーのか」 「あ」 自ら握っていた紙を見つめる。 「こんな所にあったとは。敵も中々やるやん」 「そうで御座いますね…………確実に貴様の敵は貴様自身だがな」 「んじゃ説明始めるとするかえ?」 皆を自分の周りに寄せると、紙を開いて見るよう促した。 そしてそのまま、手紙の内容を要約し始める。 「海蛇には前からある男を籠絡してもらっとったん。それが今回の標的なんだじゃけど。で、その親爺、そいつがある絵をもっとるそうなんよね」 「絵?」 「絵。それがどないなもんなんか、うちは――ってか、依頼主も知らへんねんけど」 求めている人間すら知らない、とその台詞に首を傾げる。 「知らないとは、妙な話でございまするね?」 「どうにも色々があるらしか。詳しくは聞かれへんけど、依頼主の恋人、そいつが最期に描いた絵なんだと」 「ほーお。浪漫じゃねーか。大方その親爺に仲を引き裂かれたりしたんじゃねえ?」 「……まあ、ご名答やん。在り来たりっちゃ在り来たりな話」 身分違いというわけではなかったらしい。両家とも、両人とも、それなりの家柄だった。 元は政略結婚のようなもので、しかし当人二人は本当に仲良くなった。なってしまった、と言った方がいいのか。 ある日突然、である。娘の側から婚約が、一方的に破棄された。理由は教えられなかった。 娘は屋敷に幽閉される形になり、結局会うことは叶わなかったそうだ。 娘が死ぬまで――否、娘が死んでもからも。 ただ、その娘から――手紙が届いたのだそうである。 人に拾われたお陰で、娘の手を離れてから随分と時間が経ってしまっていたが、それは依頼主の元に渡った。 「そこに、最期に描いた絵のことも言及されとったっちゅーわけ」 「儒艮、涙ぐんでおりません?」 「俺ぁこういう話弱えんだよっ」 「その手紙のお陰様で仕事が入ったと仮定するならば、吾は感謝をしなければなりませんね…………内容には怖気が走るがな」 「お、怖気までいきまするか?」 「…………殺すんなら相手が生きてる時にやるべきだろう。相手死んでから思いついても遅い。意趣返しする前に自分が自害すればいい……」 そこでようやく脱線に気が付いた流金が、話を戻した。 「……まあ、依頼主の事は結構どうでもええさ。問題は、その絵の在処。大体は――逆叉」 「はい。片手間な情報なのだそうですが、屋敷内にある事だけは間違いがないそうです」 「人鳥様の情報か?」 黙って、逆叉は頷いた。 ならば間違いはないだろうと――水母が海蛇に話をふる。 「海蛇、アナタはもう既に標的と接触しているのでございまするよね」 「ええ。鋭意労働中ですわ」 「絵の話は聞きだせたのかよ」 「申し訳ありません……どうにも、娘の話になるとあの親爺、口が堅いのですわ」 「多分触れられたくない事柄なんでしょうから、それも仕方ありませんよね…………それでも聞き出すのが玄人の仕事だろう……」 空気に亀裂の入るような音がした。 「いつか私貴方を刺しそうで恐ろしいですわ、海豹」 「申し訳有りません吾が何か気分を害すことを言ってしまいましたでしょうか? 吾は今だ未熟故、以後精進いたしますので、おこがましいお願いでは御座いますが許してはいただけませんでしょうか…………自分の無能も認められねえのかこの女装趣味……」 「はーい落ち着くよー。殺伐とした雰囲気つくらんとってねー。ぶっちゃけ前フリ長すぎて話が進まんぜよ」 軽く手を叩くと、そのまま指示を出し始める流金。 「海蛇は情報を引き出せるなら引き出して、その後の暗殺までやってくれんや?」 「勿論ですわよ」 「後の四人は――二人ずつ組んで、家の捜索してもらお。使用人やらおるから、見つからんようにするんどすえ? 戦闘で負けやせんやろうけど、家の中で流血沙汰だけは起こしたらあかんばい」 「絵が汚れるからでございまするね?」 「そんなとこじゃ。で、どう組む?」 儒艮が、水母の耳元に唇を寄せて囁く。 「思うんだけどよ、あの二人組ませるのは不味くねえ?」 「ああ、確かにそうでございまするね……」 視線だけ二人にやってみる。白基調と黒基調で、まあ並んで絵にならないこともないのだが。 何か揃っているとどちらか――或いは両方――自害でもしそうな危うさを孕んだ二人だった。 「で、てめぇ心臓の事があんだろ。だったら逆叉と組んだほうがいいんじゃねえか」 「確かに逆叉なら、私が倒れた時でも助けそう……というか海豹は確実に放置しそうでございまするね……でも儒艮、それはアナタが海豹と組みたいだけではないのでございまするか?」 「半分あったりー。いいだろ、俺にもてめぇにも得があって」 「確かにそうでございまするが」 そこまでで内緒話を終え、儒艮が大きく宣言した。 「っつーわけで、俺が海豹と組むな!」 「そう言っていただけて光栄至極で御座います、至らぬ事があるやも知れませぬから初めに謝らせて頂きたく思います…………何がつーわけでなのだ、こそこそこそこそしおって……」 「逆叉、よろしくでございまする」 「了解いたしました」 早々に決まった内容に、海蛇は満足げに頷いた。 「では決定ですね。……? どうしましたの、流金」 「前から思ってたんだけど」 流金は考え込むようにして、言った。 「この面子、ツッコミがいねえ」 あ、と声が重なった。 いや、そんなところで重ねなくても。 「……海豹は少しは出来るのでしょう?」 「つっこみなどと言う高等技術、吾にはとてもとても…………さりげなく押し付けようとするな……」 「海蛇はぼけ属性だし、水母は天然入ってるだろ……? 俺はつっこみな柄じゃねえしよ」 「うちだって出来ひんこともないけど、そういうのは……野烏君とか、まいちゃんの仕事ったい」 「逆叉は……逆叉、つっこみやってみます?」 「な――なんでやねん?」 「つっこんだ!? 意外と順応早いなてめぇ!」 流れが既にぼけぼけだった。 「……閑話休題、任務――頑張って来てな?」 「わかりましたでございまする」 「了解ですわ」 「お言葉に添えますように」 「あいあい――ま、楽しみにしてろ」 「吾に出来る事など余りありませんが、精いっぱいやらせていただきたく存じます…………ああ、何故吾がそんな事を……」 |