【真庭日計】





「何で――何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でっ!」


気絶まで約五秒。
最早この娘に意識はない。
未だ生きているが――何れ死ぬ。
自分が、縊り殺す。
最低十分も首を締めていれば、死ぬだろう。
それでも、問いかけた。




「何でだよっ!」




白目を向いている娘は酷く醜い。
だけど真庭の人間なら、己はこれでも愛せるだろう自信は、ある。


少女は拒否した。
怖がっていたのに。
怯えてすらいたのに。
泣いてさえ、いたのに。


裏切り者の娘は――裏切り者である事を、選んだ。
自分が裏切ったのではないと、いいながら。





――これなら、裏切ったのと同じ事だ。




「ひば兄……もう、死んでるですよ……」




なつにそう言われて、漸く手を話した。
縊死した死体は――汚い。
全身の筋肉が弛緩していて――見苦しい。




その少女の顔を、思い切り殴りつけた。




「あははっ……なっちゃん、どうしよっか? 首切って、一応確認に持ってった方がいいかな?」
「ぼくはどっちでも、いいです……でも、意味ないと、思います、です……」
「え?」





――ああ、顔、潰れちゃったんだ。





力を込めすぎたのか、鼻の骨が折れている。
醜さに拍車が掛かった。
際立って麗しい顔立ちだったわけではないが――それでも年相応の、可愛らしさを持っていた少女の顔。

過去形だ。
そして永遠に、過去形のままだ。


「まあ別にいいよね?」
「そう……です、か……?」
「だって、裏切り者だ――真庭、裏切ったん、じゃん」


どうしてと聞いたのは、別に恫喝したかったわけではない。
本気でわからなかったのだ。




どうして、裏切ったりするのだろう。
色恋沙汰が原因だと――九尾は言っていた。
標的に、惚れてしまったのだと。





――己以外を、好きになる、なんて。





見た事もない元真庭に、苛立ちは募る。
その仲間を、仲間だったはずの男を誑かした女との掛け合わせの少女。

ああ、哀しい。哀しい哀しい哀しい!






山頂から、犬の遠吠えのような大声がして、木々が揺れた。




――山犬ちゃんかな。




そう思い、一度牡鹿に合流しようかと思ったところで。







「真庭は……どこまで、真庭なの、です……か?」








突如、なつがそう聞いた。

自分が未だ馬乗りになっている少女の傍に跪いて。
少女を――冷めた瞳で見つめながら、そっと手を伸ばし。
殆ど原型を保っていないその顔の、剥かれた瞳をそっと閉じさせる。
まるで仲間を悼むような、仕草だった。





「どこまでってどう言う事――なっちゃん」
「ぼくは……真庭の血じゃ、ないです、よ……」



自分の大切な仲間は――表情をまるで変えずに、そう言う。





「拾われっこで……ぼくは、真庭に入れて、もらってる、です」
「なっちゃんは」
「この人は……真庭の血なのに、真庭じゃない、です……?」
「それは裏切ったから、で」
「裏切りで、真庭じゃなく、なる……?」




やっぱり裏切りは悪いことですか、となつは聞いた。
即答しようとして――躊躇する。



なつの顔はまるで無表情で、その瞳は凍てついていて。
しかし、凍てついた氷は――溶けかかっている。




哀しそうであり。
寂しそうであり。
心底、不思議そうで――





ねえひば兄、と。





「どこまでが真庭で、どこまでが真庭じゃないん、です?」





そう聞いてきた彼女を、自分は思いっきり抱きしめた。

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