【真庭樹懶】





「先に言っておきますが、私はほんの少ししか出ていられませんので、それは了解しておいてください」
「わかってるわかってる。そっちのなっちゃんも可愛いっ!」
「了解しているのなら手伝っていただけませんか」
「なっちゃんの雄姿見てる方が楽しいけど……うん、なっちゃんがそう言うなら己はそうするー!」


殲滅は開始された。
殲滅――掃討。


それは真庭の裏切り者、の。

裏切り者だから殺すらしい。
裏切り者は――殺すのか。


自分がその理念に従って動いていることは滑稽ですらあったが、笑っている暇はない。
この時の為に自分は睡眠をとってくれたようだし――時間を無駄には、できなかった。

ざくり、などと言う生易しい音では表現できないぐらい――否、そもそも人の声帯では表現できないような。
生々しい音が、自分の周囲から、する。



血が舞う。
血が舞う。
血が――舞う。



「ちっ」



敵の体に左手の爪がひっかかり、抜けなくなった。
しかし重みなどまるで感じない――自分の血のおかげなのだろう。
真庭とは違う血の。




――結局この力には感謝すればいいのか、それとも恨むべきなのか。




今この位置に入れることを考えれば、感謝したほうが、良いのだろうけれど。

敵の――相手からすれば味方の死体が刺さったままに振り回される凶器を見て、敵はどうやら怯んだようだ。
人を切れば切るほど刃物の切れ味は鈍る――このままの方が効率がよいかもしれない。





絶命の瞬間、相手の瞳にうつった感情を、私は知らない。





周囲の人間は殲滅したと見て、辺りを確認する。
皆殺しにしたつもりだが、何人か逃してしまっただろうか――まあ、その辺りは他の人間がやってくれるだろう。
自分の出番は、この辺りまでか。

しかし元に戻った瞬間襲われては洒落にならないので、日計を探す。
見つけた彼は一人、敵を捉えて押し倒していた。
元々赤い髪で分かりづらかったが、どうやら彼も血に染まっているようだ。


血に染まるのが、よく似合う。
忍軍の者は、皆そうだ。

自分も似合っているのだろうか。
どう、なのだろうか。



放置した死体を、見てみる。
老若男女容赦なく、殺したそれらは、もしも場合が違ったのなら、自分達の仲間だった筈の――者達で。
だから何だとは、思うけれど。





「ねえ、何で裏切ったの?」


日計の声が聞こえた。
無邪気にも聞こえる、声音。


九尾の語った昔語り。
それによって大まか事情は聞いていたというのに、彼は問う。
ありがちな、疑問系を模した責める口調でもなんでもなく――本当に不思議そうに。


彼に押し倒されている形でいるのは、一人の少女。
年端も行かない、童女とでも表現した方が良いような、少女。
真庭の子供達よりよほど健康に発育している少女は、大粒の涙をためている。


正確に言えば、裏切ったのは少女ではない。
彼女の父親――祖父だろうか?――である。


大事な顧客の、標的との色恋沙汰。
そのぐらいでなどとは――笑える立場では、なかった。

「日計様」

戻りますよ、と一応断りを入れたが彼の耳に届いているのかどうか。
そう思いながら、術を解く。







「ねえ、何で? 答えてってば。答えてよ」
「しら、ない……っ」


女の子は、泣いている。
哀しいわけでもなく、ただ怖いみたいに、泣いている。



「うらぎったの、あたしじゃないっ」
「……そっか。そうだね。そうだよね」




じゃあ己の仲間にならないっ? と日計は明るく言う。




「ひば兄……」
「大丈夫大丈夫っ! だってこの子すっごい可愛いもんっ! 忍軍になったら己が愛してあげる!」


「やだっ」




少しだけ意外なことに――その女の子は、そう言った。
怖がっているのに、怯えているのに、そう言った。
裏切り者の、娘は。



「だっておかしいっ! とおは、まにわだったん、でしょ……まにわの一人だったのに、まにわのためって裏切り者にされたんでしょっ! まにわが幸せになるために、まにわのとおが不幸になるなんておかし……っ」



やっぱり、なんといって良いのかわからないぐらい、残酷な音がして。
女の子の声がやんで――それが何を意味するかぐらいは、わかっていたのだ。

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