【真庭山犬】 「いいっすね、山!」 「そだねぇ。駆け回りたい気分かもぉ」 「牡鹿はんと山の組み合わせだと、何となく物寂しい感がしますえ?」 「くーん? 何でっすか」 「よお言いいますやろ。奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の」 「声聞く時ぞ秋は哀しき、だね。さすが京都弁の人は百人一首得意なんだぁー」 「それは多分違いますえ」 山の頂。 その付近に生えている木に更に登って辺りを見回しながら、下にいる二人と会話する。 九尾の「落ち着きがないえすなあ」という声には「よく言われるっす!」とだけ返しておいた。 本当によく言われる。 「まあいいんじゃない、九尾ちゃん。今回山犬くんはああいう役目なんだからさぁ」 「おやおや、牡鹿はんの中で、わたしは女性えすの?」 「違うわけ? まーそれでも、さおは九尾ちゃんで通すけどぉ」 「それはまたどうしてえす?」 「九尾ちゃんまで男だったら花がないからぁ、嫌なの」 ――牡鹿さんがいれば十分花がある気がするっすけど? 勘違いする連中を責められない程に牡鹿は女顔である。 そう思ったので直球で言うと、登っている木が揺れた。 「次言ったら、さお、この木蹴り折るからねぇ」 「で、でも本当の事じゃないっすか……!」 「……一片も残さず消してあ「戯れはその辺にしといたほうがええやろうと思いますえ」 洒落にならないえすやろ、と言って九尾はくすくす笑った。 笑い事ではないと、木から落ちそうになりながら思う。 「この組み分け見ても、牡鹿はん今回本気なのはわかりますえ」 「ああ、女の子いないっすもんね!」 「……何そのさおの印象ー」 今回の任務についた女性陣には晩鳥、雪兎、天狼、樹懶がいるのだが、その四人ともこの場にいない。 ちなみに組み分けの采配は牡鹿である。 「でも、確かにそれぐらい大事な任務っすよね。よく頭領さん達にばれなかったっすね?」 「そうえすねえ。普通ただの任務にこえだけの人数使えませんえ?」 「その辺が経理担当の強みかもぉ。今回の任務の報酬は安くなっちゃうけどぉ、この後ちゃんと工面するから我慢してね?」 「勿論っすよ!」 「異論はありませんえ。特にわたしには責任がありますし」 九尾は曰くありげにそう言った。 その辺の事情は聞いていたような聞いていないような。 まあ大まかはわかっているからいいのだろうけれど。 そこでぴくり、と己の嗅覚が反応するのがわかる。 「血のにおいがしだしたっす――始まったみたいっすね」 「ありがとぉ。どっちからか分かるぅ?」 「海象君と晩鳥ちゃんの方からみたいっす」 「流石に鼻がいいえすなぁ、山犬はんは」 「どうもっす!」 そのまま木の上で逆さになったりして遊んでいると「落ち着きがないねぇー」と牡鹿からも言われてしまった。 「木の上で一人でいるの寂しいっすもん」 「さおはやだからねー? 男に触られるとと鳥肌たつからぁ」 そうやってにっこりと笑われた。 可愛い笑顔だった。 ……男だけど。 「ならわたしが行ってもええですえ」 「え、いいんすか! 嬉しいっす!」 「えぇー九尾ちゃん行っちゃうならさおも行くぅ」 「わたし結構暇なんえすえ? 司令塔の牡鹿はんや発見器役の山犬はんがおるのはわかるけど、わたしやることないですやん」 「でも九尾さんには大事な役目が残ってるっすよ!」 「そうだよぉ。九尾ちゃんは大取りなんだからぁ」 「そうは言いますけど、わたしあんまり自信ないえすわ」 「だーいじょぶだって。先々々代の事までばっちり覚えてるんだからさ」 「今回の事も九尾さんがいなかったら全然駄目だったっすしね!」 「そもそもわたしが当時ちゃんとやっておけば何も問題なかったんえすけどねえ」 「でも、やっぱ――出るもんなんっすね、裏切り者とか」 何となく、それが妙に印象に残ってしまっていた。 真庭の里の――裏切り者。 「それはねぇ。さお達だっていーっぱいやっちゃってるわけだしさぁ。自分たちだけがそうされないってのは度都合主義じゃない?」 「それはそうかもっすけど……」 「山犬はまだ十五えす。そう世知辛い事言わなくてもええですえ?」 「むぅ。九尾ちゃんお母さんみたいだしぃ」 「真庭の皆はんは皆わたしの子供みたいなもんえすえ」 九尾はそう言って笑った。 その耽美な笑みに似合わない臭いがまた――山中から、する。 自分の反応で気がついたのか、牡鹿が「また?」と問うてきた。 「今度は違う方向から――っすね。さっきより強いみたいっす」 「日計はんとなつはんえしょうねえ」 「うん……強いって事は直接襲ったのかなあ?」 「これで済めばいいっすねー」 「においが逃げ出したら使ってねぇ? 忍法『犬々諤々』」 「了解っす!」 言って軽く、目を瞑る。 少しの間違いも起きないように、感覚を尖らせた。 今は自分の仕事に、集中、しないと。 |