【真庭晩鳥】






根競べでどうにかなると思っていた。
宙に浮かんだその少年を見上げながら、考える。




――わっち、勘違いしとったみたいですえ……?



きっと、師匠の蝶々が使いこなし、自らも齧っている忍法『足軽』――その類の忍法だと思ったのだ。
少年が空に浮かんでいるその理由は。



例え別れても、元は真庭だから――などと。
そんな風に考えて。



ならばそんな長い時間滞空していられるわけがないという読みだったのだけれど。
そもそも少年の使っている忍法は、『足軽』とは仕組みから異にするものらしい。


逃げれば良いのに、宙に停止したまま逃げないと言う事は、逃げれないのだろうか。
それとも単に逃げる気がないのか、と思う。




「……晩鳥」
「なんです、海象はん?」
「おまえ、あそこまで行って攻撃できないか?」




小声で呟いてきた海象に答えるように、少年までの距離を測る。
空中で少年は既に海象の与えた傷の止血を終えていた。

拮抗状態である。




普通の標的とは違う、あまりぐずぐずはして――いられない。





「多分、無理やと思いますえ」





――お師匠はんやったら、出来るんやろうけど。


自分程度の力量では――不可能とは言わないまでも、無理に近い。
自分の『滑空術』は、風等を受けて飛び回る術なのだから。
地上から空中へと飛び、更に攻撃を加えるなど。

そもそも戦闘要員にはなれないからこそ、自分は海象と組まされたのだ。




「それにわっち、例えあそこまで届いたとしても――攻撃、できませんし」





両手が無いから。
そう言うと海象は少しだけ顔をしかめた。


「どうすっかな……」
「お役に立てんで、すみませんえ」


それには「別にいい」と返して、海象は再び空を見つめ――自分もそれにならったところで。






空が、暗くなった。






「っ……!」




横薙ぎにされる――間一髪、その場には苦無手裏剣の類が、刺さっていた。

普通の投擲に重力が加えられ、地面にめり込んでいるしのびの凶器。
頭部に当たれば――否、何処に当たっても致命傷は避けられなかっただろう。


海象は、晩鳥を凶器の雨から救い――自分も無理なく、それを避けている。




ああ、やはり自分は役に立てないのか――と痛感。



「不味いな……拮抗状態かと思ったが、上にいるあいつの方が有利なんじゃねえか」


確かに、こちらから手裏剣を投げても届かない位置だろう。


「とっ」


今度は海象単体を狙って来た苦無を避けて、こちらを振り返る彼。





「おまえは木のある所で雨宿りでもしてろ」
「海象はん」



わっちに任せて欲しいわあ、とそう言ったのは何か意地のようなものだったのだろうか。





* * *







待っている。
ただ只管――待っている。
空気の流れを感じながら、拮抗状態にいる相手の顔を――眺めた。


自分と同じぐらいの年だろうか。
自分は彼にどんな感情を抱くべきなのだろう。
わからないけれど――ともかく。




「せーふちはんっ」



声を掛け、何気なく差し出されていた海象の槍に――飛び乗る。
かなり細い槍ではあるのだが、体重は出来るだけ消しているので問題が無い。

見計らったように――否、見計らって振り上げられた槍の勢いに乗じて――跳躍。




勢いがつけば、滑空術に近いものは――使える。
相手はあからさまに動揺したような顔をした。実戦経験が、少ないのかもしれない。




――なら、わっちと同じですわあ。





少年の位置から手裏剣が投擲される。
腕に向かって投げられたのは、到着した際の攻撃力を少しでも減らそうという計算だろうか。
なら、間違っている。正しいのだけれど――間違っている。



一際風の強い時を狙った甲斐があり、少年の元に到着しても勢いは止らない。
口の中にくわえ込んでいた苦無が、彼の、喉笛に、刺さる。


反作用で喉に押し返してくる凶器に気持ち悪くなりながら――衝撃で縺れるように少年と落下。


落ちる直前で、海象が受け止めてくれた。




「……抜け忍殺しに来てこっちが死んだら洒落にならねえぞ」
「何時だって死んだら洒落になりませんえ?」
「そうだな……」


自分は少しでも役に立てたのだろうか――と、そんな事が、酷く気になった。




「一番乗りやねえ」
「ああ――始まり始まり、ってとこだな」

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