【真庭海象】




「……裏切り者、か」
「海象はん? 何か言いましたえー?」
「何でもねえよ」



そおやの、と言って晩鳥は再び黙った。
その場には自分と晩鳥の二人だけなので、自然沈黙が訪れる。

まあ二人きりと言ってもそこに言えない様な事情はなく、只単に任務で組んでいると言うだけなのだが。

否――言えない様な事情なのかもしれない。
何せ今回の任務は本当の目的を頭領達に言っていないものなのだから。



――裏切り者。




再び、今度は心の中で反復する。


今回の、自分の任務場所は山中である。そこに標的と――その家族、或いは一族がいるそうだ。
絶対失敗できない任務――まあ普通の任務もそうなのだが、今回はそれ以上――な為、半数は山内に分け入り、残りの半数は山の周りを固めるという厳重体制がひかれていた。


「見つかりまへんねえ」
「そうだな」
「海象はん、すみませんなぁ」
「は?」


自分は何か謝られるような事をされたか、否したか。
怪訝に思って聞き返すと、


「わっちとたった二人で任務になってしまいましたえ? 外で待つ組なら皆さんと居れましたのに、すみませんえ」




そんな風に、彼女は言った。
卑屈そうでもない、当然だという風な――やけに無邪気な言い方だった。



「何でおまえがそれで謝るんだよ」
「海象はん口数も少のうなってるし……寂しいんやないかと思いましてん」
「別に寂しいとかそんなんじゃないから! おれは静かな方が好きだし群れるのそこまで好きじゃねえよ!」
「でも前、海象はんのお父はんが『あれは意外寂しがりだからな』って言ってましたわー」
「あの男おれのいねえところでも嫌がらせしてやがったのかよ……」


最悪だ。

ああでも、年下相手にそっけない態度しかとらなかった自分もいけないのだろうか。
大人気ない話だ。何となく苛ついていたとはいえ、それは言い訳にならなかった。
苛立ちの原因を探ってみたが、本当に何となくという以上ではないらしい。
最悪なのは――自分の方か。



「……悪かったな」




小首を傾げられる――当たり前か。
まあ怒られるとは思っていなかったので――大体晩鳥が怒る所など見たことが無い――とりあえず、それで満足する。




「どっちにしろ組み分けは牡鹿がやったんだからおまえが気にする必要はねえよ」
「ああ、そうやったですねぇ」
「どういう基準か知らねえけどな」
「ああ、わっち知っとりますえー」
「そうなのか?」
「はい。何で獣組におるんかわからへん二人組らし「余計な世話だ!」


何度も言うが海象は哺乳類である。
晩鳥のムササビだって哺乳類である。



世の中理不尽だ。




「と」




二人同時に立ち止まる――気配が、した。
この少し先の、開けた空間のようだ。一人だろうか。ならば都合がいい。



晩鳥と顔を見合わせ、自分が頷く。
彼女の忍法は実践向きではない――今回ついて来ているのは、どちらかと言えば情報伝達の役割が大きいのだ。
情報。何人殺したかと言う、その。
今回は念入りに殲滅する必要があるので、これもまたその為の策だった。





槍を構えて、一気に飛び出す。
気配のある位置へと向かい、そのまま突き出した。





「っち」





攻撃してから確認してみれば相手は少年と呼べる程の年齢であり、にもかかわらず掠っただけで槍を避けられる。





――九尾の言ってた通りだな。





面倒なことだ、と考えながらも攻撃の手は休めず、自分の手を支点にして柄を回転させ、石突で横腹を殴打。
少し引く事で再び体制を整え第二撃を加えると、相手の顔面に直撃した。
怯んだ隙に再び穂先を向けて、相手を迷いなく突く。




ざくり、と感触があって、その瞬間自分は槍を手放した。



それは明らかに人間の体の感触ではない、無機物に刺さった槍を抜くより体術を使うべきだ。
視認する前にそう判断して拳法の構えを取り、相手を探す。





見つけた時相手が自分と全く同じ構えをしていることが、何だかおかしかった。


それも当たり前だと、言うのに。





畳み掛けるように拳を繰り出すと、今度はきちんと避けられた。
しかし体力的に行けばこちらが確実に上、持久戦に持ち込めば相手に勝機はない。
無闇にしとめる必要もない、じわじわと削っていけば――と、もしかしたらそれがいけなかったのか。




瞬間、その少年は跳躍して――





「……はあっ!?」





そのまま降りてはこず、落ちても来ない。
木に飛びついたのかとも思ったが、ここは開けた場所なのだ、すぐ近くに木など無い。
見上げると、そこに。


肩で息をしながらも宙に浮かんでいる少年が見えて、少し不味いかもしれない、などと思った。

→【真庭晩鳥】