09. 相も変わらずセオリーだかセロリだかにしたがって、最後の最後に乗った遊具は観覧車だった。 こいつは絶対少女漫画の読みすぎだ。 軋識は、目の前の双識と、たぶん影響を与えただろう少女漫画と、その原因のはずの赤い彼女を思い出して、これでは疲労が二倍になると止めた。 と、いうか。 「何で透明ゴンドラ・・・・・・!」 セオリーに則るなら最後まで則れ。 ドラマもロマンも其処にはない。ただ足元に地上が見えるだけだ。 「ふふふふ。楽しいね、アス」 「お前の思考回路はよくわかんねーっちゃ」 「アスは高いところ嫌いかい?」 「別に嫌いじゃねーっちゃけど、」 この、足元がおぼつかない感じは。 足元から喪失していく感じは。 「少し、苦手っちゃかね」 そういうと双識は少し困ったように笑った。 「まあそれをいうなら絶叫コースター連続乗りはかなり苦手っちゃけどね・・・・・・」 「我慢しろよそれぐらい。人識君が聞いたら笑われるぞ」 「あいつはいつも笑ってるっちゃ」 「そうだけど」 先程から下を見たくなくて上ばかりを写していた視線を、少しだけ下げて。 長い足を窮屈そうに折りたたんでいる男を視界に入れた。 背景は赤だった。夕日の色。青じゃ、ない。 「楽しかったか?」 再び視線を上げてから呟く。 「楽しかったよ」 そんな声が聞こえた。 「それは――良かったっちゃ」 本当に。心の底から――君が楽しんでくれて嬉しい。 幸せになってくれるのなら。 きっと、そんなに幸せな事もそう無いはずだ。 ――彼女への思いの始まりは。 どちらかと言えば、愛情と言うより、恋慕というより、憧憬に近いものだったような気がする。 あるいは羨望。憧れ。羨ましい、ということ。 彼女は孤高で孤独だった。 孤独な肢体を黒いコートで隠して、いつも笑って笑って、それでも寂しそうだった。 もしかしたら、これは「寂しいはずだ」という自分の妄想、願望なのかもしれない。 だけど――たぶん。 彼女が孤独なのは、確かなのだろう。 そして彼女に並ぶことが出来るのは――決して《軍団》ではない。 彼女のいうところの《いーちゃん》だけ、なのだろう。 所詮自分達はその代替品だ。 いや――最早自分『達』というのはおこがましい言い草か。 彼女が憎いとか、もうどうでもいいとかは思えない。 相変わらずあの暴君は、自分の中の大部分を占めているし、それは決して悪意の方向にではない。 たぶん、家族がいなかったら――双識がいなかったら。 自分はまだ、あそこにいるのだと思う。 だけど、結局自分はこちら側を選んだのだから――それで十分だと、思った。 選択の苦手な零崎軋識が、ようやく選べたのだから。 今は、それを大切にしたいと、思う。 「たまには――アスの手料理が食べたいかな」 「はあ?俺の料理なんざ色気も何もねーっちゃよ」 「そうかい。人識君なんかはよく君の料理が食べたいって言ってるけど」 「あいつのそれは嫌がらせだ」 確実だった。 「まあいいじゃないか。作ってくれよ」 「・・・・・・はあ」 溜息をついてから、承諾する。 「いいっちゃよ、別に」 目の前の男は子供のように喜んだ。 精神年齢が低いのか高いのか、わからない男だった。 いや――幼少の頃をああして過ごしているのだから、本来はもっと低くて当然なのかもしれない。 ごく普通に人間として生きてきて、ごく普通に殺人鬼になって、ごく普通に零崎に発見された軋識には――わからない感覚だったけれど。 想像には、難くない。 それでもまあ、夕日は実に綺麗に、彼の横顔を染めるから。 今は今で、さほど悪くないのだろうと軋識は思う。 |