10.


「ねえ、決めたよ」
「何をです?」
「零崎――一賊」



少女は妖艶に笑った。




「潰しちゃおっか」





* * *







「悪いニュースだ《街》」
「またお前が頼まれもしないのに人の家に堂々と上がりこんでいる事にはつっこむのも疲れたが、どうした?」





「君達を敵に回す事が決まった」





いっそ諦めたように言った軋識は、その言葉ですばやく顔を上げる。
随分と悲痛そうで――苦しそうな顔だった。




「どういう事だ」
「そのまんまだ。《一群》は君を、ひいては君達を潰すことに決めた」
「そんな」




そんなのは。




「駄目だ」
「駄目と言われてもね。《死線》がやるというんだからしかたない。説得はしたんだぜ? 駄目だったが」
「よく考えれば分かることだ。……実際問題非力な《軍団》と、圧倒的な破壊力を持つ零崎が――勝負なんて」
「………………」
「勝敗なんざ決まってる」
「さてね。敵に回してみないとわからない。俺達は前も戦ったぞ、砂漠の狐と」





そういう問題じゃ、ない。





「俺は一人だって《軍団》全員を殺せる自信がある」
「そう怒るな。あくまでこれは《死線》の見解だ」
「暴君の見解なら《軍団》の見解と等しいだろう! それに――零崎は」




零崎は。
その先を言い渋った軋識に対し、兎吊木が後を引き継ぐ。




「敵に全く容赦しない――恨みも遺恨も全く残さず全てを排除する集団、だって?」
「……そうだ。それが零崎の――不文律」
「なら仕方ない。《死線》の言うことには絶対服従なのも、我々の不文律だからな」
「っ」
「まあこの状況を打開する案ならあるわけだがね」
「……言うな」
「そういわれても」





静止にも構わず兎吊木は続けた。






「君がこちらに戻って来る事だ」
「……言うなっ!」
「逃げるなよ《街》。あるいは零崎軋識か?」





動揺を、嘲笑うかのように彼は言う。





「決断の時が来たというわけだ。君がさんざ逃げ回っていた存在からのね」
「……お前は、お前らは」


兎吊木を見つめた。不愉快、だ。


「殺人鬼集団を敵に回したって、構わないのか?」








「――玖渚友が、そう望むなら」







迷い無く――《害悪細菌》は、答えて。
軋識は溜息をついて――その緑のレンズ越しの、相手の目を見る。その迷いの無さに、かえって助けられて。




「俺は――零崎、軋識だ」
「……そうか。邪魔したね」





そういうと、部屋を出て行った。




それから刹那の時間が――永遠にも感じられる時間が経過して。
入れ違うように、双識が帰ってくる。






「兎吊木さんが来てたのかい?」



彼は首を傾げた。
そしてすぐ、眉根に皺を寄せる。





「アス? ……大丈夫か?」
「……大丈夫、だっちゃ」





決めなくちゃならない時が、来たようだった。
選択は既に済ませたはずなのに、酷く辛い。






「何処か痛いのか?」
「別になんでもない……」







痛い。

痛い。

痛い。




「………………」





双識は、何も言わずに彼を抱きしめた。
いつもなら嫌がりそうなその行動を、振り払う元気が無い。






何よりも、救われたから。
理由が出来た、から。