11.



「よ、大将」
「ん――人識。奇遇っちゃね」



本当に奇遇だった。
ここは街中――決して人の少なくない街中であるというのに。


「何してるっちゃか?」
「ちょーっと。一殺し」
「一応言っとくっちゃけど、家の傍であんまり殺すんじゃねーっちゃよ」
「分かってるよ。寧ろ舞織に言えよ、そういうのは」
「別に」



軋識は、背の低い長髪の家族に視線を合わせる。



「お前が止めてくれるっちゃろ」
「かはは・・・・・・俺が止めると思ってんなら――傑作だぜ」



この少年は口ばかりだ。
いつまで付き合っていても、全然理解できない。
たぶんこれから付き合っていっても、理解できないままなのだろうと思う。




人識は、何気ない調子で聞いた。




「兄貴、どうだよ」
「どうだよって――普通だっちゃけど」
「かはっ。普通って言われても全然わかんねーよ」



何が楽しいのか、笑いながら人識は言う。



「人の気持ちなんてそうそう分かるもんじゃねーっちゃ」
「ま、そりゃそうだ――こいつの気持ちなら絶対分かるなんて、勘違いし始めたら終りだろーぜ」


じゃ、と話題を変えるように人識。実際は矛先が変わっただけだが。



「大将は、どうだよ」
「自分の気持ちなら分かるってのは、割と安易な考えだと思うっちゃ」
「手厳しーの。つーか、んな真面目に考えなくていいって。元気かどうかを聞いてんの」
「・・・・・・元気、っちゃよ」



人識は頷いた。



「それなら兄貴もたぶん、元気だろ」
「・・・・・・お前も見かけに寄らずブラコンっちゃね――しかもツンデレと同居してるから性質が悪いっちゃ」
「うっせーな。決め付けんなよ。別にあんな兄貴好きでもなんでもねえよ」



どうなのだか。こいつの思想は何も分からない。


「俺はお前に――お兄さんを僕に下さいとでも言ったほうがいいっちゃか?」
「止めろよ大将。あんたがそんな冗談言うなんざ傑作すぎて涙が出てくる。むしろ俺が変態でロリショタでカレー作りが滅茶苦茶下手な不肖の兄ですが、お願いですから貰ってってください――っつーべきだろ、ここは」
「すげー言われようっちゃね……」
「否定する? かはは、愛の力で」
「しねえよ」

できねえよ。




人識は再び傑作だ、と呟いてから、軋識に向かって封筒を差し出した。



「? なんだっちゃ、これ」
「別にラブレターじゃねえから期待すんなよ」
「おめーじゃあるまいし、この歳になってラブレター期待したりしねーっちゃ」
「あら。なんだその言い方。俺こう見えても結構モテるぜ?」
「・・・・・・世の中馬鹿ばっかだ」


顔面に刺青をしてるような男でも、モテる時代らしかった。
それさえなければ確かに、女好きしそうな可愛い顔をしているけれど。


しかし、この封筒には見覚えがあった。



「トキから、っちゃか?」
「そうそう。さすが大将は話が早い」
「で、なんだ」
「とりあえず中身読んでみてくれよ」



言われたとおりに中身を流し読みしようとして――僅かに、封筒に入れる力が強くなる。



「これは――」
「うん。つまり、曲識のにーちゃんの役目なんだけど、自分は嫌だから逃げる、後は人識よろしく――って内容で、その役目を俺が大将に横流し。何か問題は?」



こいつは。



一体何処まで知っていて。
一体何処まで、分かっているのか。




「しっかし大きく出たよなー零崎も。聞いた話じゃ天下無敵のサイバーテロ集団なんだって? 俺じゃ荷が重いし、そこは大将に任せるよ」
「・・・・・・仕方、ないっちゃね」





振り絞るように、平静を装う。





「貸しとくっちゃよ――これぐらい」
「かはは。大将は貸しがあろーとなかろーと、結局俺を好き勝手するじゃねえか」
「んな恨みがましく言うもんじゃねーっちゃ。大体俺はお前を好き勝手に出来た事が一度でもあるとは思わない」


まあ、確かに八割兄貴だけどよ。そんな台詞を残して、小柄な殺人鬼は去っていってしまった。
軋識は再び手紙を持って――溜息を吐く。





それは今までにないぐらい、重苦しい溜息だった。





「気はちっとも乗らねえが――」


たぶん何時まで待っても乗らないだろうが。






「零崎を、始めるとするか」