12.

「まさかゲームよろしく、これから一回一回に渡って一人一人打破していかなきゃならねえってワケじゃねえだろうな」

淡々と答えを返す女。

「ああ――安心していい。そもそも君とリアルで対面して、勝てるなどとは誰も思わない」
「だとしてお前が一番手なのは意外だ――滋賀井統乃」



女は怠惰そうに眼鏡をとると、コートのポケットに無造作に入れた。



「私は卑怯者だからな。且つ臆病者で口が堅いから、特に何も言おうとは思わない」
「じゃあお前何しに来たんだ」
「少し」




分からなくなったから、と、何気ない風に《屍》は言う。




「《死線》が零崎を敵に回そうとするのは、所謂一種の独占欲からだ。いや――所有欲だな」
「それは分かってる・・・・・・俺だってそこまで勘違いはしねえよ」



自分は、というか。この世にある遍く物は、彼女の所有物なのだ。
例え自分が捨てようと無残に壊そうと、それを奪われるのが、彼女は嫌らしい。


実に子供らしい――無邪気で残酷な、我侭だった。



「彼女の幸せが、私の幸せだ」



《同志》が一人――滋賀井統乃は、訥々と、感情の篭らない言葉で語る。
何も言わないなどと、言っておきながら。



「彼女はこれで幸せになるのか、《街》」
「・・・・・・・・・」
「いたちごっこじゃ、ないのか」




目に映るものなど何も信じていないかのような鋭い目。
その瞳が、僅かに揺れた気がする。




「彼女の幸せとは、なんだ」
「決まりきった事を聞くな、お前も」




とっくに分かっていることではないか。
分かっていて、それでも尚且つ自分達は――彼女の元に居たのではなかったか。






「《いーちゃん》だろう」






その存在、そのものだ。

そう、だよな――と、呟くように言って黙り込む。
感情の読めない奴だった。




「生が幸せであるとは限らないように、死が不幸せともまた、限らない」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「《死線》にとって、生は幸せなのだろうか。死は、不幸せなのだろうか」




君はどう思う――と、聞かれる。
だから、自分は答えた。





「わからない」






そんな答えなど予想していたように、女は質問を続ける。




「君は、《軍団》を――殺すか」
「ああ」




出来るだけ簡潔に、自分はそういった。





「《死線》を殺すか」
「――ああ」




なるべく、即答する。感情を入れ込まないように。





ずきん。





心臓が痛かった。





「ならここで――私を殺すか」
「いや――殺さない」
「何故」




「零崎は確かに、仇なす者を根こそぎにする。が、暴君は孤高だ――孤独だ。世界の全てと繋がっているが故に、世界の全てに繋がりはない。だから」




誰から誰までを、殺していいのかなど分からない。
そもそも彼女すら、殺していいのか。




「俺にあるのは、彼女一人を殺すか、世界全てを殺すかという選択肢だけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」




滋賀井統乃は黙り込む。
黙って、式岸軋騎――零崎軋識を見据える。





「君は甘い」
「――甘いわけないだろ」





甘さ、というのは。

例えば零崎の長兄、自分の大切なあいつの持っているものだ。
自分には、ない。




「どうだかな。他の《軍団》はどうかしらないが――私は、君の甘さを信じるよ」




そう言って、滋賀井統乃は踵を返した。きっと、この女は最後まで、彼女の傍にいるのだろう。
その背中が、少しだけ羨ましかった。





「・・・・・・甘い、か」





下らない。
自分は彼女を殺す。
それが自身の選択なの、だから。