08. 売店で飲み物――双識にはコーラ、結局自分にはコーヒー――を買って、元の場所に戻ってみると。 双識が、いかにも不良風の、軟派な感じの男二人に話しかけられていた。 ・・・・・・そうか、あの男は口さえ開かなければそこそこの見栄えをしているのか。 妙に納得した。いや、考えることを放棄していたとも言う。 どうみたって状況はナンパしているされている、だ。 ここは止めに入るべきなのだろうか。 しかし双識も一端の殺人鬼、どころか一賊の長兄すら勤める《二十人目の地獄》なのだから、あの程度の小物どうとでもできるはずである。では何故それをせずに、困ったように笑いながらも会話をしているのか。 一つは、殺人行為に及べばこの日の予定が狂わされることにあるだろう。 そもそも零崎は殺すために殺しているのであって、基本的に手加減とか怪我させるだけとか、そういう考えはないのだ。 まあ双識は《自殺志願》さえ使わなければ滅法強いから、たぶん殺さずに済ますことも可能なのだろうが――恐らくは遠慮しているのだと思う。 ああ見えて割と謙遜しがちで相手を立てるタイプなのだ、奴は。 振り返ってみると――零崎軋識は。 たぶん手加減が出来ない。軋識にあるのは殺すか殺さないかの二者択一だけである。 そこまで考えて、いよいよ軋識はわからなくなった。 ・・・・・・結局俺はどうすべきなんだ? 「あ、アス」 その疑問に答えるかのように、零崎双識は声をかけてくる。 彼の表情には安堵の色が伺えたけれど――それは自分も同じだった。 どうやら自分は徹底的に選択することが嫌いらしいと、自嘲。流されるのは確かに楽だけれど―― 「買って来たぞ、レン」 一応標準語。口癖をつっこまれると痛い。 「へえ。レンちゃんって言うの?」 言わねえよ。 心の底で毒づきながら、男達がそうしているように相手を無視し、双識にカップを渡す。 「どうも。あれ? これはアスの――」 「ちょっと持ってろ」 軋識はしんどそうに男達を見た。 こっちはまだ絶叫コースターの酔いがとれていないのである。 「ん? あれ? 何あんた、俺の女に手をだすなって? かーっこいい」 揶揄するように笑われる。それ以前に零崎双識は男なのだが、そこもつっこみなしで。 「失せろ」 「あー? 聞こえない」 なあ、と言う前に、酔いを醒ますが如く、わき腹に思いっきり蹴りが入る。 相手は文字通り、飛んだ。 今軋識は機嫌が悪いのである。 しかし、自分で蹴っておいて、軋識は少しだけ驚いた。 ――殺さないこと、出来るんじゃないか。 どうやら自分は、二十七になってもまだまだ自分を認識できていないらしい。 「てめえも聞こえなかったか?」 「いや、あの、その、ええっと、聞こえましたすいません――」 そこまで言うと一人は逃げていった。 見ていた周囲からぱらぱらと拍手が聞こえる。 軋識は双識の隣に腰掛けると、コーヒーを受け取った。 運動にもならない運動だったが、それでも喉を通る液体が心地よい。 「いや、私は生まれて初めてナンパってものを経験したよ」 「だろーっちゃね・・・・・・ていうかちゃんと断れ」 「断ったんだけど駄目だったんだよ」 その言葉に対しても、だろうっちゃね、と軋識は返した。 「うんまあでも――」 言葉を切る双識に、軋識は訝しげに聞く。 「なんだっちゃ」 「久しぶりにアスの戦闘シーンも見れたし、良かったかもしれない」 「あんなのをこの俺様の戦闘シーンにカウントされるのはかなり心外っちゃが・・・・・・」 どの辺に戦闘があったのか不明だ。 一方的に喋られて一方的に蹴り返しただけである。 「まあいいじゃないか。スモモだってモモのうちさ」 「スモモとモモは別物だ」 「そこまで嫌かい」 双識は苦笑した。 「だから――うん。格好良かったって事だよ」 「それはどうも――」 茶化すように言ってから、視線を反らした。 少しばかり、照れくさい。 「じゃあこれが終わったらまたジェットコースターだね」 「・・・・・・・・・・・・」 沈黙せざるを、えなかった。 |