五.茶番劇。
虫組三人がビルへの潜入を開始したその頃。 鑢七実は、当然のようにそこに立っていた。 彼女を拘束していた枷は、既にない。 彼女を拘束していた者は、既にない。 地に伏す人間達を冷たい視線で見つめながら、日本最強・鑢七実は溜息をついた。 いつもよりも――少しだけ辛そうである。 「何が何だかわからないけど――」 独白するように呟いた。 少し前の記憶がない。 それが常時ガンガンと響く頭痛の所為なのかはわからないが―― 「どうやら、誘拐されていたようね」 既に過去形である。 薬を所持していないことには既に気がついていたが――後は自分の病室に帰るだけ。 彼女は部屋を出て、じい、と辺りを見回した。 そしてすぐに、階段のあるだろう場所に見当をつける。 階段を下りて、とりあえずビルを出ればいい――よくわからなかったら、その辺の人間に聞けばいい。 そう判断を下し、鑢七実は歩き始めた。 鑢七実は天才である。 最早天才と呼ぶのもおこがましいぐらいの、天才である。 彼女の弱点は、ただの三つだけ―― 一つは言うまでもなく、その虚弱体質。 二つ目は血の定めである、剣法の不得手。 そして三つ目にして、鑢七花が彼女を助けにいかなければならないと悟った原因は―― 「それじゃあ、行きましょうか」 呟いて彼女は、階段を上った。 下りて外に出ようと判断したのにも関わらず、階段を上った。 ちなみに上には屋上があるばかりである。 当たり前だ。 鑢七実の最後の弱点―― 方向音痴。 こうして一人の方向音痴が、好き勝手に逃げたお陰で。 物語の筋書きは、少しだけ変わった。
そわそわそわ。 「………………」 そわそわそわ。 「………………」 そわそ「いい加減にせんか!」 先程から落ち着きのない七花に対し、とがめが怒鳴った。 たった一人の肉親の一大事、少しぐらい落ち着きのないのは仕方がないと、随分長い間我慢してきたとがめだったが――此処に来て、その我慢は限界に達したらしい。 怒られた七花は、まるで子供のように縮こまっている。大の男が縮こまる描写と言うのは、やはり何と言うか、滑稽だった。 対するとがめは―― 「……七実がかどわかされたのはわたしが原因だ。することがないならわたしを責めたらいいではないか。ふんっ」 すねてた。 「や、別におれはあんたを責めようとは思わねえけど」 「けど、なんだ」 「とがめって周り敵だらけだよな「ちぇりおっ!」 残り時間――後、五十分。 |