五.茶番劇。
虫組三人がビルへの潜入を開始したその頃。
鑢七実は、当然のようにそこに立っていた。



彼女を拘束していた枷は、既にない。
彼女を拘束していた者は、既にない。




地に伏す人間達を冷たい視線で見つめながら、日本最強・鑢七実は溜息をついた。
いつもよりも――少しだけ辛そうである。








「何が何だかわからないけど――」







独白するように呟いた。
少し前の記憶がない。
それが常時ガンガンと響く頭痛の所為なのかはわからないが――










「どうやら、誘拐されていたようね」





既に過去形である。
薬を所持していないことには既に気がついていたが――後は自分の病室に帰るだけ。





彼女は部屋を出て、じい、と辺りを見回した。
そしてすぐに、階段のあるだろう場所に見当をつける。





階段を下りて、とりあえずビルを出ればいい――よくわからなかったら、その辺の人間に聞けばいい。
そう判断を下し、鑢七実は歩き始めた。







鑢七実は天才である。
最早天才と呼ぶのもおこがましいぐらいの、天才である。
彼女の弱点は、ただの三つだけ――




一つは言うまでもなく、その虚弱体質。

二つ目は血の定めである、剣法の不得手。














そして三つ目にして、鑢七花が彼女を助けにいかなければならないと悟った原因は――













「それじゃあ、行きましょうか」





呟いて彼女は、階段を上った。




下りて外に出ようと判断したのにも関わらず、階段を上った。
ちなみに上には屋上があるばかりである。





当たり前だ。





鑢七実の最後の弱点――










方向音痴。










こうして一人の方向音痴が、好き勝手に逃げたお陰で。




物語の筋書きは、少しだけ変わった。





* * *









そわそわそわ。






「………………」





そわそわそわ。





「………………」








そわそ「いい加減にせんか!」








先程から落ち着きのない七花に対し、とがめが怒鳴った。

たった一人の肉親の一大事、少しぐらい落ち着きのないのは仕方がないと、随分長い間我慢してきたとがめだったが――此処に来て、その我慢は限界に達したらしい。




怒られた七花は、まるで子供のように縮こまっている。大の男が縮こまる描写と言うのは、やはり何と言うか、滑稽だった。

対するとがめは――




「……七実がかどわかされたのはわたしが原因だ。することがないならわたしを責めたらいいではないか。ふんっ」









すねてた。








「や、別におれはあんたを責めようとは思わねえけど」
「けど、なんだ」
「とがめって周り敵だらけだよな「ちぇりおっ!」








残り時間――後、五十分。