とある、やたらと明るい店の中の話だった。
一応は飲食店、と銘打ってあるこの店は、全ての部屋が完全防音の設備でできている。
そんな囲まれた部屋の中、自分は男と――向かい会話をしていた。
大抵の場合、後ろ暗い職業の者達が利用するこの店――向かいあうといっても薄い、それでいて堅固な仕切りを入れるのが通例だったが、そして自分もそうしたかったのだが、目の前の男がそれを許さなかった。

《英雄狂い》と名高いこの男――アメリカに逆らうのも面倒だったので、自分は不愉快な男と顔を付き合わせている。
ここの食事が奢りだというのも要因の一つだが。
金の無駄遣いをしている暇はない。

「……それで、盗む気であるか」
「勿論! 俺は怪盗だぞ!」
「盗んでも特に価値がないものである」

それに悪趣味だ、と思ったがそれは黙っている。
人間を盗むなど、悪趣味にも、程がある。


「俺はまだあいつの奇跡を見せてもらってないからな! それに、イギリスに嫌がらせも出来るし」

兄の名前を嫌そうに口にしてから、大盗賊は肩をすくめた。


「ところで君の方はどうなんだい? 代わりはないのかい?」
「ああ。新しい雇い主が気に入らぬが、特に問題はないのである」
「ふうん。どう気に入らないのか聞いてもいいけど、どうせ教えちゃくれないからいいや」
「無論だ。我輩は傭兵であるからな」

秘密は厳守する。命令も厳守する。心を殺す。それがけじめだから。



「変りないって事は、妹も昔のまんまかい?」


あからさまな揶揄だった。
しかしこの男の無神経な――と言うより意図された――言葉に、一々腹を立てる訳にもいかなかった。
それでは思う壺である。

手は確実に剣へと伸びたが――それはともかく。


「変り無いのである」
「目も覚まさないのかい? 可哀想に」
「……貴様のような輩から同情される覚えはない」
「はははっ! 失礼な奴だなあ!」

どっちが、と吐き捨てたつもりだったが、当然堪えた様子もなかった。

「眠ったままの君の妹に伝えてやりたいぞ。兄貴は君の莫大な入院費や治療費を払う為に、一食を惜しんで金を貯めてるってね――似合いもしないくせに」
「似合わないのは認めるが――別に負担という訳でも、ない」
「どうして?」

本当に不思議そうに、子供のようなこの男は尋ねた。
どうして、本当にわからない、という風に。
こちらからすればどうしてこの男がここまで自分たち兄妹の事につっかかってくるのかはわからなかったが――しかし。


「羨ましいのか」

その言葉は驚くほど自然に喉を抜け出した。
自分でもその意図は、全く不明なのに。
当然アメリカも意味不明を明確に主張すると思ったのだが――しかし。



どうして何故だか、奴は刺されたような顔をしていた。

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