「おう! スペインのあんちゃんじゃねえか。はるばるよく来たなあ」 「ん。久しぶりやねー」 最近会わない事が続いていた男――スペインは、しかし相変わらず陽気で呑気な顔をして現われた。 そのまま家に招き入れて、茶を淹れる。 本当に久しぶりなのだが、まあそれも住んでいる場所の距離を考えると、致し方無い事だとも言えた。 大体、考えてみれば、彼が家に来る事ははじめてである。 大抵は自分が職種の関係で近くまで出向いた時に、彼の家に寄るのが定石だった。 「お前さんとこのチビはどうしてんだ? またでかくなりやがっただろ」 「ロマーノは……うん」 偶然その話題に差し掛かった頃である。 男の口調が突然歯切れの悪いものになった。 「……どうしたんでい?」 「んー……トルコ、占い師やったよねえ?」 「おうよ」 ちょっと占ってくれへん、ロマーノの事。 男はどうしようもなく頼りなげな顔でそんな事を言う。 一体何があったのか、しかし向こうが話さない以上こちらが聞く訳にもいかなかった。 「……そりゃ構わねえぜ。道具は何が好みでえ?」 「道具……って選べるもんなん?」 「そりゃあな。算木でもタロットでも水晶玉でも何でもござれよ」 「それ、すごいっていうより適当やんな」 「……まあな」 特に悪気は無いのに鋭いつっこみだった。 しかし別につっこまれて困る訳でもない。 「要するに卜者なんて未来の情報屋よ。神様って奴に無理言って先の事少しばかり教えてもらうんだから、道具なんて飾りだ」 「よくわからんような話やねえ……」 「まあわかられても困る話といやあそういう話よ。で、何がいい?」 「おすすめとかあるん?」 「一番おすすめしねえのはタロットだ」 「何で?」 一瞬沈黙する。 「……似合わねえからだよ」 「っあははははははははははははははは!」 大爆笑された。 肩で息をしながら男はいう。 「っ……は……もー今日一日分の笑いを使い果たしたやんかー」 「知るか!」 「じゃあタロットで頼むわ」 「……嫌がらせか」 「そーやないて。タロットって、見たことないし。興味あるもん」 手をひらひらさせながら男は言う。 本当か嘘か微妙な所だったが、仕方がなくタロットをとりにいく。 「へえ。綺麗なもんやね」 物凄く笑いを堪えながら言われた。 「……スペインのあんちゃん、じきに切れるぜ」 「勘弁して欲しいわあ」 「ちっ……占うのはあのチビの事でよかったな?」 「うん。頼むわ」 タロットカードを繰る。 シャッフル、カット、まあ手順はどうでもいい。 ただ思うだけ。ただ頼むだけ。 目の前のスペインのおかしそうな顔が癇に障るが、そこは我慢だった。 ロマーノの顔を――思い浮かべる。 大アルカナ、二十二枚のうち一枚の――カードが選ばれた。 「――これ何? 太陽?」 「こりゃ月だ」 ふうん、と言ってから無邪気にスペインは尋ねる。 「お月様か。いい意味なんやない?」 「……タロットカードじゃ上下の向きで意味が変わるからから一概にゃ言えねえのよ」 「ふうん。で? どんな意味なん?」 方向性だけ教えるから後はてめえで解釈しな、と前置きしてから、語りだした。 目の前にあるのは――月の正位置のカード。 月――移り変わる物。闇の中に浮ぶ物。 その正位置の意味は、即ち。 不安定だとか。隠された敵だとか。 裏切り――だとか。 そう伝えるとスペインは、そのうちの言葉の何かを、口の中で繰り返したようだった。 「ありがとトルコ――それで、俺、どうすればいいとか、わかる?」 黙ってもう一枚のカードを抜きとる。 そのカードには――名前が無い。 ただ、「13」とだけ数字が記されてあった。 「なんや――怖いカードやね」 「死神のカードだな、こりゃ」 「死神――」 死神の正位置。 意味は、別離や、喪失や、破滅。 「……何もするな言う事やろか?」 「死ぬぞっつー事かも知れねえな」 「うん――」 でも、カードの上下で意味が変わるんやろ、とスペインは笑った。 「俺の方からみたら、このカード、逆やもん」 「……てめえなあ」 溜息をついてみるが、これがこの男なのだから仕方ないといえば仕方がなかった。 スペインは澄んだ瞳をこちらに向けると、はっきりとした意志を持っていう。 「じゃあ――そろそろ帰るわ」 「帰んのかい?」 こんな時間では、男の故郷の町にすら辿り着くまい。 そう思ってたずねると「俺は不良やもん」と笑われる。 「泊まってたって悪かねえぜ?」 「ん。もうすぐこの辺からは移動するわ」 ここに寄ったのは近くに来たからや、と男は説明した。 有無を言わせぬような何かが、一本通っている気がする。 「――まあいい。帰えんな」 「邪魔したわあ」 死神の逆位置は――再生、再出発。 相応しいかもしれない、とどこかで思う。 |