「ハンガリー、そこの棚から小箱を出してください」
「あ、はいわかりました」

言われるままに棚から小箱を取り出す。
それはオーストリアの持ち物にしてはやたらと簡素で、どちらかと言えばボロボロで、いかにも使い古したセンスのない持ち物に見える、小箱だった。

「――これ、オーストリアさんのですか?」
「違いますよ。とある知人の物です。後、ダーツを出してきてくださいますか」
「はい」

何故にダーツ。
そうは思ったが口にはしない。

今日のオーストリアは何かを待っているようだ。
朝から仕事をする事なく、しかも音楽を聴くこともなく、ひたすらお茶を飲んでいる。
一体何があるのだろう――と思っていると。


玄関からけたたましい呼び鈴が鳴った。

一応脚注を入れておくと、オーストラリア宅の呼び鈴はちりんちりんと可愛らしい音がする静かなタイプの呼び鈴である。
一瞬動けないでいると、どんどんどん、と今度は扉を叩く音。


「おいお坊ちゃん! 開けろ!」


フライパンを持って出て行こうとすると、オーストリアに手で制された。
諦めなさい、と顔に書いてある。
そのまま大儀そうに立ち上がり、ドアの所へと向かうオーストリア。
かちゃり、と鍵が開く音がした。

「ようオーストリア。久しぶりだな」
「永遠に久しぶりしておきたかったですね。もっと静かになさい、このお馬鹿!」
「ああ!?」

あの品のないがさつな声の主は、考えるまでも無く、昔なじみの喧嘩相手、あの男だ。
激しい足音がして、居間に入ってきた男は、開口一番失礼な事を言う。

「……てめえもいたのかよ」
「いたわよ。悪い?」

一瞬の沈黙があった。
何故黙る。ようやく顔をあげ、訝しげに男の顔を見つめた。

しかしその頃には「てめえの顔なんざ見たくなかったっつー事だよ」といつも通りの返事が返ってきており。
結局、男の――プロイセンの表情を伺い見る事は、出来なかった。

別にいいの、だけれど。


「私だってあんたの顔なんて見たくなかったわよ。大体何の用?」
「お前じゃなくてそこのお坊ちゃんにだよ」
「その小箱の中に入っていますよ」

もう本当に諦めたかのようにお茶を啜りながら、オーストリア。
こいつが来るとわかっていたから音楽も仕事もしなかったのだろうな――と合点が行く。


プロイセンは黙って小箱を取り上げると、無造作にそれをあけた。
中を覗き込もうとすると、少しだけぎょっとしたような顔をして――しかし隠すような事はしなかった。

中に入っているのは、綺麗な銀色の針。
プロイセンはその一本一本を丹念に見ると、その内の何本かをオーストリアにつき返す。

「作り直せ」


その横柄な態度に反論しようとすると、その前に「いいのですよ」と言われた。
「これはこういう仕事ですから」

溜息をついて言うオーストリア。そして「少し待っていなさい」と作業部屋へと引っ込んでしまう。


「おいオーストリア!」
「ダーツが出ていますからおとなしくしていなさい!」

舌打ちの後、傍のダーツの矢に手をかけるプロイセン。
何気なく矢を手に取り、かかっている的へとどんどん矢を投げていく。

ぼお、と的を見ると、真ん中の丸には程遠い。
端にばかり当たっているのだ。
ダーツのルールはよく知らないけれど、ああいうのは中心が大抵当たりだろう。
へたくそ、と悪態をつこうと、はっきり的を見て――気づく。


――狙ってあててるんだ。


端――外側の緑と赤の円。
その色の境目に、投げられた矢は全て当てられていた。

つまり――全て投げ終わった時、矢が等間隔に、円を描くように。

投げているプロイセンを見ると、やけに真剣な顔をしていた。
こんなこの男は、知らない。

「どうした暴力女、ぼーっとして」
俺に惚れたか、という軽口に「そんな訳ないでしょう!」と言い返す。

それはいつもの空気そのもので、少しだけ安心した事――


そんな事は、言える訳もなかった。

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