六. 貴様も長いなあ、と脂ののった声でそう言われた。 昔からの、回数は多いわけではないが来る度長い時間をとる、馴染みの客だった。 舞台子で出ていたのは何時だったか、と言われる。 もう覚えておりません、と答える。 あの時は騒然としたぞ、何せ女形がにこりともせぬ、そう続けられた。 責めているわけではなく、楽しそうな口ぶり。口の端に刻まれる皺。 この男も――随分老いた。 蟷螂の過去を見ることは、己の栄光の時代に浸ることなのだろう。 だが儂はそこが気に入ったのだ、媚びぬ貴様を手懐けるけるのは面白かろうと思ったのだ、と言う男。 手懐けれましたか、と問えば、それは貴様がよく知っているだろう、と笑われる。 線香の匂いがする。一切れにはまだ早く、しかも一切れで開放されるわけではない。 はやく消えてしまえばいいのに、と思った。 貴様は根っからの娼だよ、と男は笑う。 この空間に居てこそ貴様は映えるのだと、男は笑う。 だから儂は貴様をここに閉じ込めたのだと、男は笑う。 何故自分だけが外出を許されないか不思議ではなかったかと、男は笑う。 不思議に思うほど賢くはございませんと言えば、納得したように頷いた。 それでよい愚かなのはよくないが、人間は莫迦なほうが可愛いものよ、と。 儂が閉じ込めたのだ、と言った。 よくはわからないが、金だの権力だのを使ったのだろうと思う。 どうやらこの男のお陰で、どうやら自分は今日まで自由をしらなかったらしい。 ならば感謝しておりますと言うと、嬉しそうな高笑い。 そうだろうそうだろう、と老いた男は馬鹿の様に繰り返す。 淫らだなあ貴様は、という声が聞こえた。 申し訳ありません、と謝れば、待ち構えた返答は当然のように帰ってくる。 嗚呼よいそんなことはどうでも、と。 男は、儂が他の者の所に行くのは嫌かと問うた。 自分は、嫌ですと即答する。 このような下種の相手、仲間たちにさせたくはない。 そう言う意味を込めての即答だったが、男はそうはとらなかったらしい。 つくづくお目出度いと、思った。 手懐けれたなと言って、顎に手を掛け上を向かせられる。 脂が乗っているのは声だけで、掛けられた手は既に随分しなびて、皺が寄っていた。 いい事を一つ教えてやろうと、男は哂う。 貴様の仲間の抱き心地も中々良かったぞと、男は哂う。 目を見開いた己が、男の濁った眼球に映った。 ああ随分前から試していたのだがなと。 何だったか、嗚呼そうだあの蝙蝠か、奴が特に気に入ったと。 体が随分柔らかくて抱きやすかった、何度も行って何度も抱いたが厭きなかった、と。 どうして、そう聞いた声は己でも驚く程に震えている。 貴様のその顔が見たかった、と男は目を細めた。 しなだれかかるように腕を絡ませると、愛い奴だとしっかり抱きとめられ。 「…………ばいい」 「あ? 何か言ったのか」 「しねばいい、」 刹那、自分が狂ってしまったと気がついたのは、右手の爪に肉の食い込む感触を感じてからだった。 |