五.



「……気の抜けた面してるわねえ。いや、気の入った面なのかしら」
「……すみません」
「いいけど、何? 喧嘩でもしたわけ?」
「したわけじゃ、ないですけど」



哀しいことがあったんですよ、そう言うと彼女は更にその先を追及してきた。




「何よそれ。話してみなさいよ」
「本当に幸せになってほしい人が、幸せ何ていらないって言うんです」
「ああ、蟷螂ね」
「隠して言ってるんですからのってくださいよ……」
「別に隠す必要ないじゃない。他ならともかく、この狂犬ちゃんに蟷螂のこと、隠す必要あるとは思えないわ」
「そう……ですか」
「そうよ。だって、良く知ってるんだもの」





向こうは知らないだろうから知り合いじゃあないけどねん、と気軽く言ってのける狂犬。
彼女なら何だかこの鬱屈とした感情を、綺麗に割りきってくれそうな気がして、問うてみた。




「狂犬さん。僕、どうしたらいいと思います?」
「聞かないで頂戴。どうしようもないなら仕方ないけど、あんたでどうにもしようがある事、聞かないで欲しいわん」
「手厳しいですね」





だけどそれは仕方がないのだろう――厳しいけれど、正しいことだ。
実際、自分がどうにもしようがなくなった時、一番に助けてくれるのは狂犬なのだから。




「最近は甘い子が多すぎんのよ。まあ、その甘い奴探して江戸まで出てきてるあたしも、十分甘いんだろうけど」





随分前に聞いた話だが、彼女もまた、人を探しているのだそうだ。
その人がどんな人物で、狂犬の何なのかなど知らなかったけれど――その人を語るとき、彼女は実に嬉しそうだ。





「狂犬さんの場合は、人に甘いんですよ」
「褒めたって何もでないわよ……ていうかそれ、微妙に褒めれてないわよ」





思いっきり頭を叩かれて、思わず前のめりになった。




「じゃ、あんたが何すべきか考え付いた?」
「き、聞くの早くないですか……?」
「早くなんてないわよん。男なら即断即決しなさいよ」







まあ、決まっているからいいのだけれど。








「で、これからどうするわけ?」
「頑張って働きます」
「………………」
「な、何でそんながっかりしたような目で見るんですか!? だって働いてお金貯めないと会えもしないんですよ!?」
「だからあんた駄目なのよ……」
「改めて否定しないでくださいよ……」





しかし、先ずは会わないことにはどうしようもないのだ。





「ちゃんと、会って、伝えます」
「ずーっと前から好きでしたって?」
「…………っ」
「照れるわねえ……そういう事なら、お金かしたげてもいいわよ?」
「いえ、いいんです」
「そんな真面目んなる事ないのに。遠慮する必要もないわよん」
「そうじゃなくて」
「?」
「まだ、覚悟できてないから」







視線の重たい、沈黙があった。







「だからあんた駄目なのよ……」
「自覚してます……」