七. ※グロ注意。





押し倒すように全身の体重をかけて、爪を喉に食い込ませる。
男は悲痛というより驚愕を浮かべているようだから、微笑んで見せた。
狂うにはそれが相応しい表情なのだと、誰かが語りかける。




男の腕が己を掴もうとする。
体重を更にかける。苦悶の表情。
爪が剥がれる様な激痛があったが、知った事ではない。


ただ男の血と自分の血が混ざる事が不愉快だった。
何だ、その物言いではまるで子を為すようだ。
ならばこの行為すら性交のうちに入るのかもしれない、とそれは愉快だった。


ひゅうひゅうと、喉が鳴る。男の唇が何故、と動いた。






「あなたのそのかおがみたかったのですよ」






言葉が届いたのかはわからない、男は痙攣して、痙攣して、痙攣して――停止した。
ああこんな所で死んでいたら鳳凰の迷惑になってしまうとそんな事を思う。
紛れも無く狂乱している自分を俯瞰している自分がいるようで、意識が二つに分離されていた。

刺した腕を抜くと爪が剥がれた。痛い。




痛みは、耐えるものだろう?





泣き叫んで痛みが止ることなどあるものか。

だからもう一度笑って、男の襟首をずるずると引きずる。
思いの他それは簡単に出来てしまった、やはり男は老いたのだろう。
部屋の外まで引き摺り下ろし、小さな庭の更に外を眺める。







何だ、呆気ない。






ずるずると引きずったまま庭から男を外に出す。嗚呼これで大丈夫だ、と何故か安心した。
そのまま何を思ったのか、考えることなく己も庭から外へ。








何だ、味気ない。









簡単に出れるではないか、と思う。今己は自由なのだろうか。しかし不思議なほど心地よくも無い。







「…………!?」







かん、と足音。見つめればそこに誰かがいる。




「あ……、か――り!? 何で、何を――」
「こうもりを、だいたといったから」
「こ――もり?」
「ああ」



誰かは何かを懐から出した。
そしてその何かを、既に停止している男の首につき立てた。

血が出る。





「いい、よく聞きなさいよ――」






何を聞かれても、何も覚えていないといいなさい。

誰かはそう言って、己の頭部を殴った。

倒れこむ前に、剥き出しの腕が見える。
黒い刺青が這っているようだ、これも妄想か。
肌は肌の筈だ、刺青など。


ああ、完璧に自分は狂ったのか。





地面にゆっくりと寝かされる。





男の血がしみこんでくる。

たゆたゆと。とくとくと。

視界が赤い。

とても暖かい。

母体の中に戻ったようだ。

妊婦の腹には、血がつまっているのか。

赤ん坊は血から生まれる。

ならば、幸せとは何だ。







狂狂と、視界は回って赤く染まる。