三.



「蟷螂さん? どうか、したんですか?」
「……すまない」



また、ぼうっとしてしまったようだった。
心配する蜜蜂の声に意識を取り戻す。




「あ、いや、謝らなくても……どうかしたんですか、何か」

様子がおかしいから、と蜜蜂は言った。








――話してもいい事だろうか。








少しだけ迷って、別に構いはしないだろうと思いなおす。







「――払い終わったのだそうだ」
「え?」
「借金を」







親は、子を売る代わりに金を得る。
その金は子の借金となり、子はそれを返すために働かなければならない。
着る服の代金も全て借金に追加され、払い終わることなど本当に希だ。

遊女ならば買われて妾にでもなるという選択肢があるのだろうが、戦国の世でもないこの世代、幾ら気に入っても男を買い取ることなど滅多にない。
大抵は、いつまでも箱庭から出れはしないのだ。




大抵は。






「もう、客を取る必要も無い――ここにいる必要も無い。自由という、奴なのだそうだ」






他人事のようにしか語れない。
幼い仲間たちがしきりに願い、口にする自由と言う言葉。


実感が無いのだ。


自分の人生は――この箱庭の中にしかなかったのだから。







「良かったじゃないですか!」




蜜蜂の弾んだ声が聞こえる。
そう、良かったのだ。良かったと言っていいに決まっているのだ。







「あれ――だけど蟷螂さん、どうして」






まだここにいるんですか、と問われた。
聡い青年だった。






「何をすればいいのかわからない」



正直にそう言う。



「普通に働いたことなど無いし、外に出ても行く当てはない」





鳳凰は、自分の家に来てもよいと言った。
だが、用済みの男娼を手元においていいような、家でないのは知っていた。

それでも自分が望めば、彼はそれを可能にしてしまうのだろうと思う。
少なからず、苦労をかける――例え彼が苦労と思わなくても、だ。

それは嫌だった。

気苦労を気にしない人間だからこそ、それに頼るのは嫌だった。





「――それなら」






突然、蜜蜂が言う。






「僕の家に、来たらいいじゃないですか」