十三.




「百両以上――は、下らないだろうなあ」


帳面を片手に、少年はぶつぶつと呟いている。


「何でなんだろう……何で態々……」
「話でも聞こうか」



びくり、と肩が動いて――少年の独り言が止った。



「は、話って……」
「いや。色々あるようだからな――暇つぶしに話でも聞こうかと思っただけだ。ぬしも人にぶつけたほうが楽な事もあるのではないか?」
「……ぜ、ったい――ほ、他の人に言いませんか?」
「言う相手がいない。よしんば言う相手がいたところで、外には漏れぬ」



私はこうだからな、と言うと少年は何故か溜息をついた。



「ぼ、僕の知り合い、が――ここの、人、好きになった、みたいで」



愚痴を言うような口調で――少年らしからぬ瞳で。

「それはそれでいいんです、けど――それなら無理に連れ出すとかすればいいのに、それだったら相手に迷惑がかかるとかって。お、お金貯めて、買おうとしてるんです」

らしくもない、とそこで言葉を切る。



「……ぬしは寂しいのか?」



何となく思いついて言葉を発してみると、ことのほか強く否定された。



「さ、寂しく何かありませんっ」
「寂しがっているように見えるが」
「き――気のせいです。あ、ああ……貴方なんかに、わかるわけ、ないんだから」


そうかもしれない。だけどそれでも、少年は寂しそうだったのだ。


「気を悪くさせたなら悪かった」


だけれど踏み込んでいい領域というわけでもないのだろう。
謝ってしばらく沈黙していると、少年はおずおずと謝罪した。


「す、すみません……取り、乱し、ました」
「子供がそんな事で謝らずともいい」
「子供――ですよね、やっぱり、僕は」

少年はそう独白すると、帳面を閉じる。
それから再び考え始めた。



「百二十両って、ところかな……本当、大金だ」
「大金なのか?」


何気ない言葉だったのだが、突然うろたえる少年。


「た、たた、大金ですよ!? 一両あれば、米一石買えるんですから!」
「一石?」
「し、知らないんですか」
「知らない」
「お、お米が一石あれば、一年間食べるものには困りません」
「そうなのか? 確かこの店の代金が、一刻で一分だったか」
「い、一分は一両の四文の一です。単純に計算すれば、三ヶ月間の食料分のお金です」
「それは……一般の者に手が出せる料金ではないな」
「あ、ああ……当たり前です。だから、武士や僧侶や大商人ぐらいしか、客に来ないでしょう?」



ならばあの青年はどうしていたのだろうと――そんな事を。



「ほ、本当――大金、なんです……らしくない」
「それでも払うのだな」
「好きだからだ、そうです」




言った少年の瞳は矢張り寂しげで、しかしその時自分は全く別のことを考えて、いた。