十二.



「う、うああああああっ」
「……何だ、ぬしは」


客の相手が終り、引き上げようとしたところで。
こんな場所におおよそ似つかわしくない少年に会った。
少年は、あからさまに怯えた声を上げて――逃げていこうとして、こけた。
傍まで寄って、立たせてやる。


「うう……」
「大丈夫か?」
「だ、だだ、大丈夫、です」


すみません、とどもりながら頭を下げ、再び駆け出した少年は再びこけた。
以下終り無しな予感が仄かにしていたが、とりあえずまた抱き上げる。


「――誰の使いだ? 連れて行くぞ」
「だ、誰ってわけじゃ、な、なな、ないんです、けど」


少年は既に泣きそうだった。


「……言えぬのなら、わたしはぬしをここに置いておくわけにはいかない。本来ぬしのような子供が来ていい場所ではないはずだ」
「う、うう……」



少年は俯く。
何か事情があるのかも、知れなかった。



「……名前は何だ」
「え、えと――人鳥、です」
「そうか。人鳥――何処へ行きたいのだ? 連れて行く」
「え、ええっ!?」
「言えぬ理由があるならば仕方がないが――その調子ではまた誰かに見つかるぞ。わたしがついていこう」



尤も、妙な事をしないかという見張りの意味合いもあるのだけれど。
言えないならば聞く権利はないが、見逃す義理もない。



人鳥はしばらく考えるような仕草をした後、小さく頷いた。



「お、お願いします――」
「わかった。それで」
「ち、帳簿を――見たいんです」
「帳簿?」
「帳簿です。み、店の」
「そんな物見て――」



いや、言っても答えるわけはなかったか。
見せて困る物だろうか――と考えてみる。



「ひ、一人だけ――一人だけなんですが」
「……わかった」




主人の部屋にあっただろう。
そう思い、少年にその場に居るようにいいつけて、鳳凰の部屋へと。
確か今日はいなかった筈である。

店の人間は大抵顔見知りなので、そして自分と鳳凰がよく話をするのを知っているので――簡単に入ることが出来た。
少し探すとそれは直ぐに見つかって、着物の中に隠したまま部屋を出る。


少年は言われたまま畏まってその場にいて、その様子が年相応に可愛らしかった。
この年頃の人間を見るのは、久しぶりだ。



「これだが」
「あ、ありがとうございます」



不審そうな瞳。


それでもすぐに気を取り直したのか、少年は帳簿に目を通し始める。
何か妙な事でもしないかと――その様子を見てはいるものの、多分、しないだろう。
どうにも少年にその気はないようだから、とそれは根拠の無い確信だった。