十一.



「行ったぜ、蜜蜂」
「そうだな」
「蟷螂――は、さ」
「何だ?」
「凄く、哀しいよな」
「そうか?」
「うん、同情っていうのじゃないと思ってんだけど――何となく、惚れるの、わかる気がするわ」
「ぬしにそういわれるとは思わなかったな、川獺」
「わかるだけで本気で惚れてるわけじゃねーからね」



蜜蜂は本気だと思うぞ、と川獺は言った。



「さあ、どうだろうな」
「わかってはいたんじゃねーの、本気な事」
「買被りだ」
「違う。わかった上で拒絶したんだろ」
「今日は随分――断定調で話すのだな」
「だって、そうなんだろうが」


「ここは、体を売る店だ」
「知ってるよん」
「そう入り浸っていい店でもないだろう」
「あんた目当てだと思うんだけど」
「目当てにされるほどの価値は私に無い。拒絶した方が蜜蜂の為だ――などとは言えないが」

蜜蜂にまで染まってほしくない、と言う。




「信じてやればいいのに」



呟いた言葉は、他人事のようにも聞こえるのに――何故か、切なげで。




「信じている」
「頼れないんだったら、信じてないのと同じじゃねえの」
「信じているからこそ、頼れない事はある」
「そう――いうもんなのかな」
「そういう物なのかは知らないが、少なくとも私はそうだ」




「――白鷺がさ」

川獺は言った。




「白鷺が、この店から出て行ったの――知ってるかい?」
「いや――知らない。近頃会わなかったが」



そうか――出て行ったのか。
出れたのか。



「――買われたのか?」
「らしーよ」
「宇練の所の時期当主だろう?」
「ああ、まあ元時期当主というか。いや、矛盾したっぽい言葉だけど」
「どういう意味だ?」
「何か、勘当された感じだ。まあ、いいとこの家で陰間でも買おうと思ったら、それぐらいされるのかも知れないけど」
「そうか――良かったな」



不満を言わない少年だった。
何をされても――耐える事を知っている、少年だった。
ただ、よく夢で魘されていた事だけは、知っている。
頭を撫でると、安心していたか。




「良かった」
「だからさ――蟷螂。あんたもそろそろ」




幸せになっても罰はあたんねーだろ、と続けられる。




「私は楽な方に逃げているだけだ。外は面倒で――自由は重たい」



何かを決断するという事は、責任を負うということで。
何も決める必要がないここでは、責任を取らされても負う事はないのだ。

だから所詮自分は言い訳をして、逃げているだけ、だ。