九.




自分の任はとっくに終わった筈である。
こうしている間にも新しい依頼は来ているし、こんな事は時間の無駄だ。
しかし何故だか止められない。
執着という感情は、初めてだった。
いや――これは、恋と言うのだったか。





「お前の仕事って、何」





服を着て、立ち上がろうとした瞬間――蝙蝠は突然そう聞いた。
戯れのようでもあり、気紛れなのは間違いがない。




「始末屋ですが」
「始末屋?」
「まあ暗殺専門の忍者のような物ですよ――要するに、人を殺して金を得る仕事です」
「暗殺専門の忍者なんていんのかよ……へえ。あくどいんだ」
「そういうのは嫌ですか?」
「いや、そうでもねえよ。生まれ変わったらそんな仕事もいいかも」





きゃはきゃはと、蝙蝠は甲高く笑った。



「じゃあさ、お前――おれ、殺しちゃってくれたりする?」




目の前に見えるのは、細い首。
折れてしまいそうな程に、白い首。


頭を振って、目をそらす。






「嫌ですよ。貧乏人の依頼は受けないのです」
「ひっど。そこはほら、愛の力で?」
「わたしは金の為以外に人殺しをしたことがないのを誇りに思っていますから」
「あくどいっつーの」





不思議と、そんな話をした時が、彼は一番嬉しそうだった。








* * *










「きゃはきゃは――なあ、川獺」
「ん? 何だよ」
「今日また、助けてやるって言われたぜ」





相手の表情は読めない。
しかし、川獺が僅かに身じろぎしたのがわかった。





「お前、それで――なんて言ったんだ?」
「そういった奴は今まで数え切れないぐらい居たって」




嘘じゃない。
何度も何度も、言われた。

助けてやろう、出してやろう、買ってやろう。



彼らは蝙蝠たちが、悲惨な境遇でここに買われたことを知っているのだ。
同情。わずかな間だけでもと言う、慰めの嘘。







くだらない。








需要があったから供給が生まれただけの話――蝙蝠達のような人種を生み出したのは、間違いなく彼らだというのに。
同情にしたって、言葉だけ。あんまりにもお粗末すぎる。







「お前にとって、さ」


川獺が言う。




「ここは――助けてもらいたくなるぐらい、嫌な場所、なのか?」





彼もまた、同情しているのだろう。彼の場合は、心から。








「全然? だって、寝てりゃとりあえず飯食えるしさ。楽じゃん」







だけど同情が、くだらないのに変わりはない。
姑息な嘘を吐いて、とりあえず安息を得る。


嫌いな物は沢山あって、しかし嫌がる権利は無かった。
自分は、仲間たちとは――違うのだから。