七.





「じゃあ、どうする?」





戸惑ったような沈黙は、一瞬だけだった。
蝙蝠の瞳が、扇情的に引き締まる。




「抱きしめる? 口付ける? ――それとも」







犯すの? 無邪気にも聞こえる甘ったるい声で、そんな事を聞いた。







「……蝙蝠、」
「俺もお前、割と好きだしさ――好きにしていいよ」
「蝙蝠」


下から見上げるように微笑みかけている蝙蝠の、肩を持って押しとどめる。


「嘘ですね」
「………………」
「職業柄嘘には敏感なのですよ――残念ながら」
「……嘘に敏感な職業ってどんなんだよ――きゃはきゃは」



大して楽しくもないくせに、笑うその顔だけは酷く艶やかだった。






「でも、本気だぜ?」







自らの肩を掴んでいる喰鮫の腕を、撫でるように触る。
その手つきは妙に優しく、心臓が僅かに高鳴った。






「お前は客だし。おれは見てのとおりだし。客なら、金払った時間分は、確かに」





おれはお前が好きなわけ、と言う男。
その表情に少しも荒んだところがない事実に、少しだけ驚く。








「わたしは、いつでも――貴方が好きですよ」
「そりゃどーも……ありがとう」






何一つ信用していないような表情で、彼は言う。
しかしそれは、ともすれば見逃してしまいそうなほど僅かな、見つけても勘違いだと思ってしまいそうなほどに微かな――信用の奥に潜む、不信だった。




思い出すのは先日会話をしたばかりの旧友――そう言うと本人は嫌な顔をするから元仲間と呼ぼうか――女の為などというくだらない理由でこちら側から去った拳法家のこと、そして彼の呟いた思わせぶりな台詞。
あの時はわけもわからなかったが、今蝙蝠と向き合っていると、何となく得心がいく。
人の裏ばかり見てきた自分たちは、気付いてしまったのだろう。

気が付かなければ互いに幸せだったはずの、彼の本音に。




「本当、素敵ですね――素敵ですね、素敵ですね、素敵ですね」




貴方。
それは嫌味などではない。






肩を掴んでいた手を離し、再び彼の肩に回し抱きしめる。
耳の横にある彼の唇が、息を吐く様にして語りかけた。




「何?」
「抱いても構いませんか」
「聞くんだ。嫌っつったら止めてくれるわけ?」
「止めますよ。始めたら、止められませんけど」
「そっか。じゃあ今が最後の分岐っつーこと」





好きにしたらいいじゃん、と耳元で聞こえる。
幾重にも重ねられた布の内側、彼の素肌にそおっと触れた。




心臓の音がはっきりと伝わり、しかしその韻律は少しも乱れていない。
こんなことは彼の日常の本の一幕なのだと、気が付くのに時間はいらなかった。






「愛しています」
「もう、いいって」








甲高く笑った彼と相対的に、心の音は静かに泣いたようだった。