六.




「どーも」
「こんにちは、蝙蝠」
「失礼しましたー」
「出て行かないで下さい」


「お前死んでなかったんだ」
「いつ私が死ぬような伏線が出ましたか」




誰だこいつを入れたのは。


そう溜息をついて、蝙蝠は開いた扉を閉じた。
自らは、内側に入って、男に向かいあう。


例えどんな人間でも客から逃げるような教育を――彼は受けていない。
それは最早意思で制御如何の問題でなく、身体にしみこんだ習性だった。

忌まわしく――汚らわしい。




「きゃはきゃは――傑作、ってこれは違うか」





無造作に、足を崩して座り込むと、目の前の男を上目遣いに見上げる。




「今日はちゃんとした客ってこと」
「そうなります」
「ふうん……お前、何がしたいわけ?」
「わかりません」





わからないのですよ、とそれは少しだけ悩ましげな口調だった。





「蝙蝠、この間は――」
「いい、あれは」




ひらひらと手を振る。




「俺も忘れるからお前も忘れてろよ」




失態だった。
無様だった。


これでもう会う事はないという気の緩みが――それを許した。


次はない。


絶対だ。





忘れろなどと言っても忘れられないのは承知している――だからこれは、ただの決意表明。
或いは線引き――幾度と無く繰り返してきた、他人と自分の境界線の確認作業。


そして、今日はごく普通の着物でやってきている喰鮫は――





「嫌です」





その決意を、踏みにじった。
何の衒いも、迷いも無く。





「は」


「わたしは貴方の事を、何一つ忘れたくありません」
「……意味、わかんねえよ」
「わたしにだってわかりませんよ」



だけど、と続ける男。
寒くも無いのに震える身体を押さえつけて、その続きを待つ。





「あの時口付けたのは、決してからかいではないのですよ」




本気だったと、彼は言う。
より一層、自分の身体が震えた。




「どうやらこれは、恋と言うそうです」





他人事のように呟く男が、酷く憎く。
しかしその瞳を見ると、何もいえなかった。