四.




気分が悪い。
昨日のあいつの所為に違いはなかった。





今日は珍しく、白鷺が随分と怒っている。

妙な客がいたらしい。


大抵客の不満を言うのは自分の役目なので、逆転しているのが可笑しかった。
話にだけ集中して、他の事を意識から削る。

そうしないと、立っていられそうもない。




「ついあえねんかわけわ、うもーあ」
「しっかし、白鷺って意外と真面目?」
「?あ」
「だってそんなの、おれだったら楽な相手だって喜ぶぜ?」
「なしだ事仕、あま……」




そういって白鷺は、少し遠くを見るような表情をした。
取り残されるような沈黙が嫌だったので、無理に会話を戻させる。





「きゃはきゃは、先は長いよなー」
「ない長」





ごまかしで言った一般論に、同意するように頷く白鷺。
彼を見て、自分の真意は決して伝わることなどないのだろうと悟る。

その絶対的な事実は自分を安心させ、同時に不安定にもさせた。







本音を見せることで拒絶されることを恐れながら、誰かにそれを見せたいとも願っている。






二つの思いは矛盾しているようで、一つの観点に立って言えば少しも食い違っていない。
それはつまり、自分が楽になりたいという目的の為の手段と言うことで同一、なのだった。









* * *









「聞いたか、蝶々?」
「何をだ?」




仕事が一段落して休んでいた蝶々の前に、現われた川獺。
訝しげに聞き返した蝶々に、感情を押し殺しているのがわかりやすい声音で言う。



「また、侵入者が出たって」
「ああ――一昨日も来てた奴な」
「なんでそんな気軽なんだよ……今回は、ちゃんと容姿もわかったらしいぜ」
「ふん?」




特に興味もなさそうな蝶々は、お茶を一口すすった。
その様子に少しだけ焦れながら、川獺は続きを話す。




「何でも、長髪で――右側だけ前髪たらして、体に鎖巻いた、変な格好の奴だったって」





長髪で、の辺りは平然としていて。
前髪たらした、でお茶を飲む手を止めて。
鎖巻いた変な格好の奴、まで聞いて湯飲みを取り落とした。





「蝶々っ……!? どうかしたのか?」
「いや、手が滑った」





冷静な声で、それでも表情は固まったまま、蝶々は落とした湯飲みを拾った。
川獺が疑いの篭った目で見ているのに気がつくと、大げさに手を振る。




「なんでもねえよ!」





それがいかにもまた怪しくて、川獺は蝶々をゆっくりと睨んだ。