四. 気分が悪い。 昨日のあいつの所為に違いはなかった。 今日は珍しく、白鷺が随分と怒っている。 妙な客がいたらしい。 大抵客の不満を言うのは自分の役目なので、逆転しているのが可笑しかった。 話にだけ集中して、他の事を意識から削る。 そうしないと、立っていられそうもない。 「ついあえねんかわけわ、うもーあ」 「しっかし、白鷺って意外と真面目?」 「?あ」 「だってそんなの、おれだったら楽な相手だって喜ぶぜ?」 「なしだ事仕、あま……」 そういって白鷺は、少し遠くを見るような表情をした。 取り残されるような沈黙が嫌だったので、無理に会話を戻させる。 「きゃはきゃは、先は長いよなー」 「ない長」 ごまかしで言った一般論に、同意するように頷く白鷺。 彼を見て、自分の真意は決して伝わることなどないのだろうと悟る。 その絶対的な事実は自分を安心させ、同時に不安定にもさせた。 本音を見せることで拒絶されることを恐れながら、誰かにそれを見せたいとも願っている。 二つの思いは矛盾しているようで、一つの観点に立って言えば少しも食い違っていない。 それはつまり、自分が楽になりたいという目的の為の手段と言うことで同一、なのだった。
「聞いたか、蝶々?」 「何をだ?」 仕事が一段落して休んでいた蝶々の前に、現われた川獺。 訝しげに聞き返した蝶々に、感情を押し殺しているのがわかりやすい声音で言う。 「また、侵入者が出たって」 「ああ――一昨日も来てた奴な」 「なんでそんな気軽なんだよ……今回は、ちゃんと容姿もわかったらしいぜ」 「ふん?」 特に興味もなさそうな蝶々は、お茶を一口すすった。 その様子に少しだけ焦れながら、川獺は続きを話す。 「何でも、長髪で――右側だけ前髪たらして、体に鎖巻いた、変な格好の奴だったって」 長髪で、の辺りは平然としていて。 前髪たらした、でお茶を飲む手を止めて。 鎖巻いた変な格好の奴、まで聞いて湯飲みを取り落とした。 「蝶々っ……!? どうかしたのか?」 「いや、手が滑った」 冷静な声で、それでも表情は固まったまま、蝶々は落とした湯飲みを拾った。 川獺が疑いの篭った目で見ているのに気がつくと、大げさに手を振る。 「なんでもねえよ!」 それがいかにもまた怪しくて、川獺は蝶々をゆっくりと睨んだ。 |