二.






「昨日は大丈夫だったのか?」




朝起きると、蟷螂のそんな言葉に出迎えられた。
あの妙な変質者が現れたとき、蟷螂は丁度客の相手をしていた為、その話は今朝聞いたのだろう。



「ん。なんかべらべら喋ってただけだったし」
「なうろだんたっだ用の何」
「わからないから変質者なのだろう」
「まあ、そうだよな」


「かのいなてえ覚かと顔」
「暗かったしな。残念だけど」





嘘だ。



本当は、しっかりと覚えている。
長い髪に、その奥からのぞいた鋭い眼光。端正なつくりの顔。
覚えているどころか、頭から離れない。

まるで昨日のまま、脳が停止してしまったようだ。



まあ、奴のお陰で鬱々とした気は晴れたのだ。
だから、そこだけは、少しだけは、感謝している。



しかし放っておいてもどうせ翌日には復活していたはずなので、全然問題なかった。
結局奴の印象は、何故か突然現れた変質者、それだけである。



なのに何故――親友たる川獺に、その事を言えなかったのか。
わからない。わからないけれど、わからないということは、気紛れで決めたのだ。






どうせ、自分の思考回路などその程度の物。






「白鷺ー時間だよん」
「かいなてっなに役計時のただ前お、近最」
「……うるさい」
「星図」
「うるさいっつーの! さっさと行け」





つまらなさそうに白鷺が出て行くと、先程まで彼がいた位置に川獺は座った。







「あー怠慢ってる」
「一段落したんだよ。鬼の首とったみたく言うな」







そういってから川獺は、少しだけ真面目そうに言った。






「本当、大丈夫だったんだろうな?」
「だーかーらー! 大丈夫だっての。お前心配しすぎだって」
「でもさ」
「……やけに過剰に心配するな。何かあるのか、川獺」





蟷螂の何気ない言葉に、一瞬固まってばたばたと手を振る川獺。
心なしか顔は赤いようだ。





「なわけねーだろ! おれはただ親友としてだな……!」
「ああ、そうか」








特に何かに気がついての発言ではなかったらしい。
すぐに納得して退かれてしまい、感情の持って行き所を無くした川獺。









「きゃはきゃは。ありがとな、親友」







蝙蝠に肩を叩かれ、腕を下ろした川獺の表情は、実に複雑な感じである。







「……気にすんな。当然の事だろ」
「うわ格好いい!」








適当にからかいながら、笑いあう。
その影で、ちらりと奴の顔が浮かんだ。