一.





「……ってえ」


思ったよりも掠れた声が出た。原因は疾うに分かっているので、思考はせずに目を閉じる。
乱れた相手用の衣装、絢爛な着物を戻すのもただただ億劫で、そのまま一人畳に寝転がった。


皺になってしまう。




そう思ったが、割とどうでもよかった。久しぶりに訪れた、情緒の波の低い時分。
後で川獺にでも怒られよう。それだけ思って、ただ闇に身を沈めた。








「あーやばい……今おれすっげえ落ちてる」







自嘲するように笑ってみれば、反射のように涙が落ちた。
拭うのもただ億劫で、結局怠惰そうに体を動かしもしない。





「何故、泣いているのです?」
「知らねーよ」
「大丈夫なのですか?」
「煩い。ほっとけ」






そこで、ぱちりと瞳を開く。
ずっと闇の中にいたお陰で、目は随分と慣れていた――


そのまま最小限の動きで、誰もいないはずの空中に目をやると、そこには一人の男がいた。
梁につかまる形で、逆様にぶらさがっている長髪の男。





その時蝙蝠は、







「お前、誰?」









いたく普通の反応をした。








* * *











「わたしは喰鮫です」
「そっか。おれは蝙蝠っつーんだけど。じゃ、ちょっと待ってろ」
「何処へ行くのです?」
「人呼んでくる」



そこでもそもそと起き上がった蝙蝠を、喰鮫はとめた。
当たり前だ。




「止めていただけますか」
「お前、何」
「ですから、喰鮫です」
「不当侵入者だよな」
「そう言われるとそうですが……ともかく、人を呼ぶのはお止しなさい」
「何で」
「きっとわたし達は、いい友人になれるからですよ」





蝙蝠はその台詞に、少し驚いた顔をしてから――






「いい友達は」






にっこりと、







「人が鬱ってる時に侵入してこない」





駆け出した。








「……ふむ」






恐らく騒がれるのも時間の問題だろう。
そう判断した喰鮫は、笑みを一つ残してその場から消えた。







「蝙蝠ですか……いいですね。いいですね、いいですね、いいですね――」








意味深な言葉は、誰にも届かない。