十五. 「……体が動きません」 「だから無理をするなと言ったのに……馬鹿もんが……」 「いえ、本気で動きませんよ。何ですか、これ。おかしいですね、おかしいですね、おかしいですね、おかしいですね」 手を軽く開いたり閉じたりしてみる。 否、しようとしてみるのだが――痙攣のような動きをするばかりで、うまく動かない。 「原因があるとすれば、おぬしが馬鹿だということだの」 「馬鹿馬鹿言わないでくださいよ――ああ、もしかして立てもしないのですね?」 「わしが知るわけない」 「それはそうですね――ならば言いましょう。立てません」 「宣言するな馬鹿者……」 「ふむ。折角生まれて初めて目標が出来たのに、早速挫折してしまいましたね」 「……突然やりすぎなのだ、おぬしは」 「本当、残念ですね――残念ですね、残念ですね、残念ですね」 哀しいとかいうより――虚しい感じがあった。 略奪された気がする。 自分の中に芽生えかけた、人間として大切な物が。 どうにも、上手くいかない。 これが報いと言う奴か。 それは今まで生きる事を怠けてきた罰なのか。 いや、そんな事はどうでもいいのだ。 泣きたい。 「ふふ――あははは」 そんな時にこみ上げてくるのは何故か、涙ではなく笑い声で。 「声だけで笑うんじゃない。聞いてて不愉快だ」 「声以外でどうやって笑うんですか。妙なことを言いますね、海亀は」 「……喰鮫」 「何です」 「いや、気付いていないんなら、いい」 「変な海亀ですね」 「おぬしに変だとか言われたくないわ」 ああ、確かに、自分は、とても、 変、だ。 変で滑稽で無様でおかしくて嘲笑したい。 馬鹿で間違いなく間違いない、それ以外に自分を形容する言葉が見つからない。 何だ、この様は。 決意も果たせず約束も守れず、役立たずな身体だけ、残って。 どうしようと言うのだろう、無様な自分は。 「……やりたい事、あった、の、です、け、ど」 できなかった。 「……何だ。元気そうじゃん」 声が、聞こえた。 「幻聴が聞こえました」 「喰鮫」 「幻覚が見えています」 「喰鮫」 「もしかして脳に障害が出来たのでしょうかね? ああ、ならば手足が上手く動かないのも少し納得が出来るやも」 「……そう幻扱いされっと、ちょっと寂しくなっちゃうんだけど」 姿は――見えている。 漆黒の瞳は、苦笑を写していて。 どうにも――嘘くさい。 何故なら、彼は自分の愛する彼だから、で。 「蝙蝠だったりするのですか?」 「きゃはきゃは。まあ、蝙蝠だけど」 「本当に蝙蝠ですか?」 「そう疑うなって」 「偽者ですか」 「いや疑うの止めたのはいいけど、信じるほう間違ってる」 「本物の蝙蝠なら私の姿を見た瞬間に熱い抱擁をくれるはずです」 「それ何処の蝙蝠だよ」 「私の愛する――蝙蝠の話ですよ?」 甲高い笑い声が聞こえて、動けない自分の下に一歩一歩近づいてくる彼。 「お前の愛しちゃってる蝙蝠だけど?」 上半身だけ起こしている自分の傍に跪いて、彼は強く抱きしめてきた。<次> |