十四.




とにかく金が必要なのは間違いない、と思った。


盗むだけなら盗んできたっていいのだけれど、残念なことに彼のいる店は、あの鳳凰の店らしい。
ならば盗んだって直ぐに返さないといけないのがオチだし、返還を拒むならばそれこそ地の果てにでも逃げるしかないだろう。


一応自分達のまとめ役であるところの海亀は――見逃してなど、くれないだろうから。

許してまではくれるかもしれない。
ただ、元の状態に戻る為の許しならばそんなものはいらないと思った。




何より、彼は――蝙蝠は、自分を信用していないのだから。
身勝手に連れ去って、一生逃げるような暮らしをさせるわけにもいかない。
ああ何だ、自分にも人の事を考える力は備わっていたのか。



それはもしかしたら嬉しいことなのかも知れなくて、しかし何だか気持ちが悪く、幾度か吐いてしまった。

海亀にまで心配されてしまい、そんな自分は惨めでみっともなく情けない。
そう言うと海亀は「……自分を卑下しとるようで何気にわしを馬鹿にしとるだろ」と苦笑した。




とっくに分かっていたことなのだろうけれど、自分に恋なんてものは馴染まない。
馴染まなくって馴染まなくって、拒絶反応が起きる。


こんな思いをするぐらいならばいっそ殺してしまおうか、とそれもまた恋とは違う感情で。
こちら側の人間だったにも関わらず、すんなり人を愛せた件の彼はもしかしたら凄いのかもしれないと思った。
彼は生きているだろうか――生きているといい。





だから自分にできることなどは後少しだ。
彼をあそこから出そうと思った。


独りよがりで大きなお世話でお節介で、自分に似合わなくって拒絶反応が出て嘔吐して、も。


彼をあそこから出そうと思った。





「……おぬしがそこまで仕事熱心だとは知らなかったがの」
「いいじゃありませんか海亀。働きたいと思っているうちに働かせておけば」
「まあそうなんだが――無理するなよ」
「無理なんて、できるのならしてみたいものです。生まれてこの方頑張った例が無いのがこのわたし、喰鮫ですよ」
「それは自慢することじゃなかろう……」




自分の人生に、目的と言える程の目的はない。
ただ生まれたから生きていて、生きているから殺していて、殺されていないから生き続けている。
永遠の循環だった。理想的なのかもしれない。



最低限、気が済むまで殺せばそれで生きていけて――だから頑張った事など、無いに等しい。
余力は余りに余っているに決まっている。



頑張ってみることにしたのだ、とそれだけ。
まあ何を頑張るかと言って人殺しなのだから、どっちにしろ自慢するようなことではないのだが。




殺した。
殺して殺して殺した。




寝る間も惜しんで――海亀に仕事の催促をして、殺した。
この間にも彼は誰かに抱かれ続けているのだろうと思うと、知りもしない標的に殺意を抱くことはとても簡単で。



これ以上ないぐらい、殺した。
異常なぐらい――殺した。








だけれど、喰鮫は知らない。

今まで何の努力もしていなかった人間が、突然それを始めたとして。
幾ら心が変わっても――体が決して対応するわけではない事を、彼は知らない。

必死に何かを為そうとしたことの無い人間は――挫折を知らない。
挫折を知らないから、限界を知らない。
自分の体が、何処までで性能が鈍り、何処までで使い物にならなくなるのか――知らない。

それは強みかもしれない。
だけれど、致命的な欠陥かも、しれない。







「さて。次は――」







水でも飲んで一息ついて――再び仕事に掛かろうかと、思ったときに。




「っ……」




胸を締め付けられるような――痛み。
心臓を直に握られてい、る?




そんなわけ、ないのに。
頬を汗が伝う。






死という言葉が妙にはっきりと、脳裏に現れて――頭蓋骨が地面に叩きつけられる音を、聞いた。