十三.




「く、喰鮫さま?」
「何です、人鳥」
「ぼ、僕に何か、御用でしょうか?」
「ええ」
「な、なな、なんでしょう?」
「なんでしょうね」



何かを頼みたくて呼んだのは確かだったのに、何の為だったのかわからない。
忘れてしまったのではなく、思い出せないのでもなく、初めからわかっていなかったのだ。
とりあえず膝に乗せてみたが、これでは和むだけである。





「そ、そういえば――喰鮫さま」
「何です、人鳥」
「鳳凰さまの店で、殺人の嫌疑をかけられたと――き、聞きましたが」
「かけられました。まあ強ち間違ってませんがね。ああ、そうそう、蝶々と久方ぶりに会いましたよ。元気そうでした」
「す、少し前にも会ったって、い、言っていませんでした……?」
「訂正しましょう。久方ぶりに仕合いました。楽しかったです」
「仕合って……こ、殺されたんですか?」
「殺していませんよ、仕合であって殺し合いではありませんからね。いえ、殺そうとはしていたのですが。蝶々がもう少し鈍っていたら危ない所でした」
「は、はあ……」




雑談も終わって沈黙。

さあ、自分はこの少年に何を頼もうとしたのだろうか。

考えてもわからないときは、感覚に任せて喋るに限る。



「人鳥」
「な、なんでしょう?」
「一人買いたい人間がいるのですが、そういう相場って幾らぐらいなのですか」



ああ何だ、そう言うことか。
自分で酷く納得する。



「そ、相場なんてあるんでしょうか……?」
「知りません」



少年は一頻り首を捻ってから、問うた。



「ど、何方を買われたいのですか?」
「鳳凰の店の、蝙蝠という子です」
「こうもり……?」




一瞬、少年の瞳が真剣な色を帯びる。
何かひっかかったのだろうかとぼんやり思うが、少年はすぐに気弱な表情に戻ってしまった。





「わ、わわ、わかりました……調べて、みます」
「どうもありがとうございます」
「っ」



お礼を言われたのにも関わらず身を引きつらせて、人鳥はそろそろと喰鮫の膝の上から下りた。




「で、でも……何だか、め、珍しいですね」
「珍しいとは?」
「喰鮫さまが、そんなに、執着されるのが」


「……執着、ですか」




それは人鳥ほどの年代が使うには、少々荒んだ言葉のような気もした。
仕方ないのかもしれない、少なくとも自分はそうだったのだ。
自分はそういう――否、これよりももっと酷い、子供だった。

そんな自分が今こうしていることが、おかしくてたまらない。



「内緒ですよ、人鳥」




そ、と人差し指を立てて、微笑んでみせる。
教えたところで理解できるとは思えないが、そうせずにはいられない。



「実は初恋なのです」




人鳥は「そうですか」と言って薄く微笑み、頭を下げてその場を去った。