十一.




「蝶々!? 大丈夫か!?」
「大丈夫だ」
「……っ」



蝶々は強がっている風もなく、平然と言ってのける。
しかし背中からどくどくと流れ出している血を見ると、とてもではないが大丈夫などとは言えなかった。


立ち上がって――飄々と、微笑さえ浮かべながら立っている喰鮫に向かって尋ねる。
尋ねるというよりは――責めるような口調で。





「お前何、してんだよ」
「殺し合い、ですか」
「何で」
「邪魔をされたものですから――殺意の行き場がなくて」
「邪魔って何の」
「仕事の――ではありませんね、残念ながら」
「じゃあ」








「貴方の客を殺そうと思ったのですよ」







そこまで聞いて――蝙蝠は目を細め、ゆっくりと喰鮫から顔を背けた。





「三人」
「何です?」
「お前と会ってから、死んだおれの客の数」




なあ、これがお前が言ってた助けるって事?
それとも、こっちが本題でおれはおまけか?
どっちにしろ、さ。




感情の篭らない声で、そこまで言って、蝙蝠は笑った。




「――だから、信じらんないんだよ」
「嘘ですね」
「喰鮫どのっ」






細めていた瞳が大きく開かれる。喰鮫を諌めるように、蝶々の鋭い声が飛んだ。
しかし喰鮫は平然と、蝙蝠に向かって続ける。





「蝶々だって気付いてるのではありませんか。貴方が信じられないのは、断じてわたしの所為だけじゃありません」
「……何だ、それ。言い訳か?」
「事実ですよ。貴方だって――」




気付いているのでしょう?


言葉だけが残って――喰鮫は、消えた。











「蝶々っ!」




見計らったように飛び込んで来た、色素の薄い髪の女――否、彼女が来たから喰鮫は消えたというべきだろうか。
女は蝶々に駆け寄ると、その体を助け起こした。
彼女の顔を見て、蝶々は驚いたような、それでも嬉しそうな笑顔で言う。




「なんでお前ここにいんだよ――鴛鴦」
「鳳凰さまが、あんたに下手人の調査頼んだって言うから! いいから黙ってなさいよ……あ、蝙蝠!」
「な、に?」
「あんたが全然戻らないから、多分他にも何人かこっちに来てると思う――今から行って、事情話してきて」
「わかった」





部屋を出る瞬間、瞳の端に映った鴛鴦の表情。
心の底から心配そうな――今にも泣きそうな、顔。



なんとなく、こちらまで泣きそうに――なる。
しかし、自分が泣くのは間違っているのだ。




唇を噛み締めて、部屋を飛び出した。